手塚治虫の「最高傑作」は何か…多くの人が『ブラックジャック』をあげることへの強烈な違和感 「ぜったいに違う」と叫びたい - アニメ
げいのうまとめんぬ

手塚治虫の「最高傑作」は何か…多くの人が『ブラックジャック』をあげることへの強烈な違和感 「ぜったいに違う」と叫びたい

2024/03/28
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  • 手塚治虫の「最高傑作」は何か…多くの人が『ブラックジャック』をあげることへの「強烈な違和感」 手塚治虫が亡くなったのは、昭和が終わって一か月と二日後、平成元年の2月9日だった。
  • 生きているあいだは生年を2歳上に言っており(本来は昭和3年生まれだが大正15年生まれだと自称していた)、62歳で亡くなったとおもわれていたが、実は60歳での逝去であった。
  • いま聞くと、60というのはすごく若い。
  • 60代に入って三か月と少ししか経っていなかった。
  • 68とは若い、とおもったのは、ここ35年の世相の動きによるものだろうか。
  • 逆に言えば、手塚治虫の亡くなった年齢が鳥山明より8年若かったというのも、あらためて驚きである。
  • 手塚治虫が亡くなった当時、62での逝去(そのときはそう報じられた)について、あまり、若くして亡くなった、という報道がなかったようにおもう。
  • 生きている時代が違うというのは、そういうことなのだろう。
  • 手塚治虫には「人気漫画家」としては浮き沈みがあった。
  • 手塚治虫が知られたのは昭和21年(1946)の『新宝島』である。

1:

手塚治虫の「最高傑作」は何か…多くの人が『ブラックジャック』をあげることへの「強烈な違和感」


 手塚治虫が亡くなったのは、昭和が終わって一か月と二日後、平成元年の2月9日だった。

 生きているあいだは生年を2歳上に言っており(本来は昭和3年生まれだが大正15年生まれだと自称していた)、62歳で亡くなったとおもわれていたが、実は60歳での逝去であった。

 いま聞くと、60というのはすごく若い。60代に入って三か月と少ししか経っていなかった。

 先だって亡くなった鳥山明は、享年68。

 68とは若い、とおもったのは、ここ35年の世相の動きによるものだろうか。

 逆に言えば、手塚治虫の亡くなった年齢が鳥山明より8年若かったというのも、あらためて驚きである。

 手塚治虫が亡くなった当時、62での逝去(そのときはそう報じられた)について、あまり、若くして亡くなった、という報道がなかったようにおもう。

 たぶん戦争体験世代が人口のどれぐらいいるのかによって、反応が変わる事項なのだろう。

 手塚治虫の代表作は、と聞けば、いまの日本だと『ブラックジャック』と答える人がもっとも多そうである。

 亡くなって36年、晩年の作品が代表作だと認識されるのはしかたがないことなのだろう。

 でも、昭和中期から、つまり手塚治虫の活動の中期からリアルタイムで作品を読んでいるものとして、手塚治虫の代表作が『ブラックジャック』だと言われるのはきわめて強く違和感を覚える。

 世代の問題なのはわかるが、手塚の代表作が『ブラックジャック』だという発言を初めて聞いたときは驚愕した。何かの聞き間違いだとおもったくらいだ。



「ぜったいに違う」と叫びたい

 もちろん『ブラックジャック』は連載時に読んでいる。単行本も買って読んでいた。とてもおもしろいとおもう。素晴らしい作品だ。

 でも、これが手塚治虫の最高作とは、ちょっとおもえない。しかたない。生きている時代が違うというのは、そういうことなのだろう。

 大学の漫画研究会の少し上の人で、のちに小学館に入り編集者となった先輩(手塚治虫の担当もやっていた)とその話をしたとき、やはり「え、代表作はブラックジャックじゃないだろう」と言下に否定した。そりゃそうだ。

 われわれ、1960年代前半から漫画を読み出している世代にとって、手塚治虫はリアルタイムに新作を発表しつづけるベテランであり、彼のあの猛烈なエネルギーを感じながら生きていた世代として、彼の世界をブラックジャックで代表させるのは、ぜったいに違う、と叫びだしたくなるレベルの認識の差となる。

 手塚治虫の代表作は何か、というと、たしかにちょっと難しい。

 活動時期が長すぎて、しぼりきれなくなってしまう。なにせ全集が400冊なのだ。

 私は『火の鳥』である。

 「COM」時代の『火の鳥』だ。

 なかでも絞るなら、「未来編」と「鳳凰編」となるが、黎明編―未来編―ヤマト編―宇宙編―鳳凰編―復活編―羽衣編―望郷編―乱世編とつづくこの一連の作品をもって、手塚治虫の代表作だとおもっている。

 手塚治虫には「人気漫画家」としては浮き沈みがあった。

手塚治虫が知られたのは昭和21年(1946)の『新宝島』である。

 手塚のこの作品について書かれたものだけで多数にわたり、当時の衝撃が知れる。

 ここからいまに続く日本の漫画文化が始まった。つまり世界の漫画の原点と言ってもいい作品である。

 本来なら、本作を手塚治虫の代表作とするべきだろう。

 しかし、この作品があまりにも画期的すぎて、ここで示された可能性をあらゆる人が引っ張り出して拡張していまの漫画世界を作り上げたので、いま読むと、何が画期的なのかがわかりにくい。

 前提としているものがあまりにも違いすぎて、知識なしにただ読むだけではこの作品の革新性にはなかなか気づかない。

 それにつづく時代、いわばこの分野の日本の漫画をひとりで担っていた昭和20年代の前半は手塚の第一次の全盛期である。

続きはリンク先
https://news.yahoo.co.jp/articles/6732bec1af287c5dc7c979a14906878af6a773c1?page=1

前スレ
https://hayabusa9.5ch.net/test/read.cgi/mnewsplus/1711525092/

13:

>>1 手塚治虫の「最高傑作」は何か…多くの人が『ブラックジャック』をあげることへの「強烈な違和感」


 手塚治虫が亡くなったのは、昭和が終わって一か月と二日後、平成元年の2月9日だった。

 生きているあいだは生年を2歳上に言っており(本来は昭和3年生まれだが大正15年生まれだと自称していた)、62歳で亡くなったとおもわれていたが、実は60歳での逝去であった。

 いま聞くと、60というのはすごく若い。60代に入って三か月と少ししか経っていなかった。

 先だって亡くなった鳥山明は、享年68。

 68とは若い、とおもったのは、ここ35年の世相の動きによるものだろうか。

 逆に言えば、手塚治虫の亡くなった年齢が鳥山明より8年若かったというのも、あらためて驚きである。

 手塚治虫が亡くなった当時、62での逝去(そのときはそう報じられた)について、あまり、若くして亡くなった、という報道がなかったようにおもう。

 たぶん戦争体験世代が人口のどれぐらいいるのかによって、反応が変わる事項なのだろう。

 手塚治虫の代表作は、と聞けば、いまの日本だと『ブラックジャック』と答える人がもっとも多そうである。

 亡くなって36年、晩年の作品が代表作だと認識されるのはしかたがないことなのだろう。

 でも、昭和中期から、つまり手塚治虫の活動の中期からリアルタイムで作品を読んでいるものとして、手塚治虫の代表作が『ブラックジャック』だと言われるのはきわめて強く違和感を覚える。

 世代の問題なのはわかるが、手塚の代表作が『ブラックジャック』だという発言を初めて聞いたときは驚愕した。何かの聞き間違いだとおもったくらいだ。



「ぜったいに違う」と叫びたい

 もちろん『ブラックジャック』は連載時に読んでいる。単行本も買って読んでいた。とてもおもしろいとおもう。素晴らしい作品だ。

 でも、これが手塚治虫の最高作とは、ちょっとおもえない。しかたない。生きている時代が違うというのは、そういうことなのだろう。

 大学の漫画研究会の少し上の人で、のちに小学館に入り編集者となった先輩(手塚治虫の担当もやっていた)とその話をしたとき、やはり「え、代表作はブラックジャックじゃないだろう」と言下に否定した。そりゃそうだ。

 われわれ、1960年代前半から漫画を読み出している世代にとって、手塚治虫はリアルタイムに新作を発表しつづけるベテランであり、彼のあの猛烈なエネルギーを感じながら生きていた世代として、彼の世界をブラックジャックで代表させるのは、ぜったいに違う、と叫びだしたくなるレベルの認識の差となる。

 手塚治虫の代表作は何か、というと、たしかにちょっと難しい。

 活動時期が長すぎて、しぼりきれなくなってしまう。なにせ全集が400冊なのだ。

 私は『火の鳥』である。

 「COM」時代の『火の鳥』だ。

 なかでも絞るなら、「未来編」と「鳳凰編」となるが、黎明編―未来編―ヤマト編―宇宙編―鳳凰編―復活編―羽衣編―望郷編―乱世編とつづくこの一連の作品をもって、手塚治虫の代表作だとおもっている。

 手塚治虫には「人気漫画家」としては浮き沈みがあった。

手塚治虫が知られたのは昭和21年(1946)の『新宝島』である。

 手塚のこの作品について書かれたものだけで多数にわたり、当時の衝撃が知れる。

 ここからいまに続く日本の漫画文化が始まった。つまり世界の漫画の原点と言ってもいい作品である。

 本来なら、本作を手塚治虫の代表作とするべきだろう。

 しかし、この作品があまりにも画期的すぎて、ここで示された可能性をあらゆる人が引っ張り出して拡張していまの漫画世界を作り上げたので、いま読むと、何が画期的なのかがわかりにくい。

 前提としているものがあまりにも違いすぎて、知識なしにただ読むだけではこの作品の革新性にはなかなか気づかない。

 それにつづく時代、いわばこの分野の日本の漫画をひとりで担っていた昭和20年代の前半は手塚の第一次の全盛期である。

続きはリンク先
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ブラックジャックなんか
毎週
直木賞候補作を発表してたようなもんだからな

そんなブラジャですら手塚の中では四天王末席と言う事実

17:

>>1 手塚治虫の「最高傑作」は何か…多くの人が『ブラックジャック』をあげることへの「強烈な違和感」


 手塚治虫が亡くなったのは、昭和が終わって一か月と二日後、平成元年の2月9日だった。

 生きているあいだは生年を2歳上に言っており(本来は昭和3年生まれだが大正15年生まれだと自称していた)、62歳で亡くなったとおもわれていたが、実は60歳での逝去であった。

 いま聞くと、60というのはすごく若い。60代に入って三か月と少ししか経っていなかった。

 先だって亡くなった鳥山明は、享年68。

 68とは若い、とおもったのは、ここ35年の世相の動きによるものだろうか。

 逆に言えば、手塚治虫の亡くなった年齢が鳥山明より8年若かったというのも、あらためて驚きである。

 手塚治虫が亡くなった当時、62での逝去(そのときはそう報じられた)について、あまり、若くして亡くなった、という報道がなかったようにおもう。

 たぶん戦争体験世代が人口のどれぐらいいるのかによって、反応が変わる事項なのだろう。

 手塚治虫の代表作は、と聞けば、いまの日本だと『ブラックジャック』と答える人がもっとも多そうである。

 亡くなって36年、晩年の作品が代表作だと認識されるのはしかたがないことなのだろう。

 でも、昭和中期から、つまり手塚治虫の活動の中期からリアルタイムで作品を読んでいるものとして、手塚治虫の代表作が『ブラックジャック』だと言われるのはきわめて強く違和感を覚える。

 世代の問題なのはわかるが、手塚の代表作が『ブラックジャック』だという発言を初めて聞いたときは驚愕した。何かの聞き間違いだとおもったくらいだ。



「ぜったいに違う」と叫びたい

 もちろん『ブラックジャック』は連載時に読んでいる。単行本も買って読んでいた。とてもおもしろいとおもう。素晴らしい作品だ。

 でも、これが手塚治虫の最高作とは、ちょっとおもえない。しかたない。生きている時代が違うというのは、そういうことなのだろう。

 大学の漫画研究会の少し上の人で、のちに小学館に入り編集者となった先輩(手塚治虫の担当もやっていた)とその話をしたとき、やはり「え、代表作はブラックジャックじゃないだろう」と言下に否定した。そりゃそうだ。

 われわれ、1960年代前半から漫画を読み出している世代にとって、手塚治虫はリアルタイムに新作を発表しつづけるベテランであり、彼のあの猛烈なエネルギーを感じながら生きていた世代として、彼の世界をブラックジャックで代表させるのは、ぜったいに違う、と叫びだしたくなるレベルの認識の差となる。

 手塚治虫の代表作は何か、というと、たしかにちょっと難しい。

 活動時期が長すぎて、しぼりきれなくなってしまう。なにせ全集が400冊なのだ。

 私は『火の鳥』である。

 「COM」時代の『火の鳥』だ。

 なかでも絞るなら、「未来編」と「鳳凰編」となるが、黎明編―未来編―ヤマト編―宇宙編―鳳凰編―復活編―羽衣編―望郷編―乱世編とつづくこの一連の作品をもって、手塚治虫の代表作だとおもっている。

 手塚治虫には「人気漫画家」としては浮き沈みがあった。

手塚治虫が知られたのは昭和21年(1946)の『新宝島』である。

 手塚のこの作品について書かれたものだけで多数にわたり、当時の衝撃が知れる。

 ここからいまに続く日本の漫画文化が始まった。つまり世界の漫画の原点と言ってもいい作品である。

 本来なら、本作を手塚治虫の代表作とするべきだろう。

 しかし、この作品があまりにも画期的すぎて、ここで示された可能性をあらゆる人が引っ張り出して拡張していまの漫画世界を作り上げたので、いま読むと、何が画期的なのかがわかりにくい。

 前提としているものがあまりにも違いすぎて、知識なしにただ読むだけではこの作品の革新性にはなかなか気づかない。

 それにつづく時代、いわばこの分野の日本の漫画をひとりで担っていた昭和20年代の前半は手塚の第一次の全盛期である。

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他人とは違うオレ、カッコイイ!!

119:

>>1 手塚治虫の「最高傑作」は何か…多くの人が『ブラックジャック』をあげることへの「強烈な違和感」


 手塚治虫が亡くなったのは、昭和が終わって一か月と二日後、平成元年の2月9日だった。

 生きているあいだは生年を2歳上に言っており(本来は昭和3年生まれだが大正15年生まれだと自称していた)、62歳で亡くなったとおもわれていたが、実は60歳での逝去であった。

 いま聞くと、60というのはすごく若い。60代に入って三か月と少ししか経っていなかった。

 先だって亡くなった鳥山明は、享年68。

 68とは若い、とおもったのは、ここ35年の世相の動きによるものだろうか。

 逆に言えば、手塚治虫の亡くなった年齢が鳥山明より8年若かったというのも、あらためて驚きである。

 手塚治虫が亡くなった当時、62での逝去(そのときはそう報じられた)について、あまり、若くして亡くなった、という報道がなかったようにおもう。

 たぶん戦争体験世代が人口のどれぐらいいるのかによって、反応が変わる事項なのだろう。

 手塚治虫の代表作は、と聞けば、いまの日本だと『ブラックジャック』と答える人がもっとも多そうである。

 亡くなって36年、晩年の作品が代表作だと認識されるのはしかたがないことなのだろう。

 でも、昭和中期から、つまり手塚治虫の活動の中期からリアルタイムで作品を読んでいるものとして、手塚治虫の代表作が『ブラックジャック』だと言われるのはきわめて強く違和感を覚える。

 世代の問題なのはわかるが、手塚の代表作が『ブラックジャック』だという発言を初めて聞いたときは驚愕した。何かの聞き間違いだとおもったくらいだ。



「ぜったいに違う」と叫びたい

 もちろん『ブラックジャック』は連載時に読んでいる。単行本も買って読んでいた。とてもおもしろいとおもう。素晴らしい作品だ。

 でも、これが手塚治虫の最高作とは、ちょっとおもえない。しかたない。生きている時代が違うというのは、そういうことなのだろう。

 大学の漫画研究会の少し上の人で、のちに小学館に入り編集者となった先輩(手塚治虫の担当もやっていた)とその話をしたとき、やはり「え、代表作はブラックジャックじゃないだろう」と言下に否定した。そりゃそうだ。

 われわれ、1960年代前半から漫画を読み出している世代にとって、手塚治虫はリアルタイムに新作を発表しつづけるベテランであり、彼のあの猛烈なエネルギーを感じながら生きていた世代として、彼の世界をブラックジャックで代表させるのは、ぜったいに違う、と叫びだしたくなるレベルの認識の差となる。

 手塚治虫の代表作は何か、というと、たしかにちょっと難しい。

 活動時期が長すぎて、しぼりきれなくなってしまう。なにせ全集が400冊なのだ。

 私は『火の鳥』である。

 「COM」時代の『火の鳥』だ。

 なかでも絞るなら、「未来編」と「鳳凰編」となるが、黎明編―未来編―ヤマト編―宇宙編―鳳凰編―復活編―羽衣編―望郷編―乱世編とつづくこの一連の作品をもって、手塚治虫の代表作だとおもっている。

 手塚治虫には「人気漫画家」としては浮き沈みがあった。

手塚治虫が知られたのは昭和21年(1946)の『新宝島』である。

 手塚のこの作品について書かれたものだけで多数にわたり、当時の衝撃が知れる。

 ここからいまに続く日本の漫画文化が始まった。つまり世界の漫画の原点と言ってもいい作品である。

 本来なら、本作を手塚治虫の代表作とするべきだろう。

 しかし、この作品があまりにも画期的すぎて、ここで示された可能性をあらゆる人が引っ張り出して拡張していまの漫画世界を作り上げたので、いま読むと、何が画期的なのかがわかりにくい。

 前提としているものがあまりにも違いすぎて、知識なしにただ読むだけではこの作品の革新性にはなかなか気づかない。

 それにつづく時代、いわばこの分野の日本の漫画をひとりで担っていた昭和20年代の前半は手塚の第一次の全盛期である。

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作品の優劣を決めようなんておこがましいとは思わんかね

134:

>>1 手塚治虫の「最高傑作」は何か…多くの人が『ブラックジャック』をあげることへの「強烈な違和感」


 手塚治虫が亡くなったのは、昭和が終わって一か月と二日後、平成元年の2月9日だった。

 生きているあいだは生年を2歳上に言っており(本来は昭和3年生まれだが大正15年生まれだと自称していた)、62歳で亡くなったとおもわれていたが、実は60歳での逝去であった。

 いま聞くと、60というのはすごく若い。60代に入って三か月と少ししか経っていなかった。

 先だって亡くなった鳥山明は、享年68。

 68とは若い、とおもったのは、ここ35年の世相の動きによるものだろうか。

 逆に言えば、手塚治虫の亡くなった年齢が鳥山明より8年若かったというのも、あらためて驚きである。

 手塚治虫が亡くなった当時、62での逝去(そのときはそう報じられた)について、あまり、若くして亡くなった、という報道がなかったようにおもう。

 たぶん戦争体験世代が人口のどれぐらいいるのかによって、反応が変わる事項なのだろう。

 手塚治虫の代表作は、と聞けば、いまの日本だと『ブラックジャック』と答える人がもっとも多そうである。

 亡くなって36年、晩年の作品が代表作だと認識されるのはしかたがないことなのだろう。

 でも、昭和中期から、つまり手塚治虫の活動の中期からリアルタイムで作品を読んでいるものとして、手塚治虫の代表作が『ブラックジャック』だと言われるのはきわめて強く違和感を覚える。

 世代の問題なのはわかるが、手塚の代表作が『ブラックジャック』だという発言を初めて聞いたときは驚愕した。何かの聞き間違いだとおもったくらいだ。



「ぜったいに違う」と叫びたい

 もちろん『ブラックジャック』は連載時に読んでいる。単行本も買って読んでいた。とてもおもしろいとおもう。素晴らしい作品だ。

 でも、これが手塚治虫の最高作とは、ちょっとおもえない。しかたない。生きている時代が違うというのは、そういうことなのだろう。

 大学の漫画研究会の少し上の人で、のちに小学館に入り編集者となった先輩(手塚治虫の担当もやっていた)とその話をしたとき、やはり「え、代表作はブラックジャックじゃないだろう」と言下に否定した。そりゃそうだ。

 われわれ、1960年代前半から漫画を読み出している世代にとって、手塚治虫はリアルタイムに新作を発表しつづけるベテランであり、彼のあの猛烈なエネルギーを感じながら生きていた世代として、彼の世界をブラックジャックで代表させるのは、ぜったいに違う、と叫びだしたくなるレベルの認識の差となる。

 手塚治虫の代表作は何か、というと、たしかにちょっと難しい。

 活動時期が長すぎて、しぼりきれなくなってしまう。なにせ全集が400冊なのだ。

 私は『火の鳥』である。

 「COM」時代の『火の鳥』だ。

 なかでも絞るなら、「未来編」と「鳳凰編」となるが、黎明編―未来編―ヤマト編―宇宙編―鳳凰編―復活編―羽衣編―望郷編―乱世編とつづくこの一連の作品をもって、手塚治虫の代表作だとおもっている。

 手塚治虫には「人気漫画家」としては浮き沈みがあった。

手塚治虫が知られたのは昭和21年(1946)の『新宝島』である。

 手塚のこの作品について書かれたものだけで多数にわたり、当時の衝撃が知れる。

 ここからいまに続く日本の漫画文化が始まった。つまり世界の漫画の原点と言ってもいい作品である。

 本来なら、本作を手塚治虫の代表作とするべきだろう。

 しかし、この作品があまりにも画期的すぎて、ここで示された可能性をあらゆる人が引っ張り出して拡張していまの漫画世界を作り上げたので、いま読むと、何が画期的なのかがわかりにくい。

 前提としているものがあまりにも違いすぎて、知識なしにただ読むだけではこの作品の革新性にはなかなか気づかない。

 それにつづく時代、いわばこの分野の日本の漫画をひとりで担っていた昭和20年代の前半は手塚の第一次の全盛期である。

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アトムじゃ

147:

>>1 手塚治虫の「最高傑作」は何か…多くの人が『ブラックジャック』をあげることへの「強烈な違和感」


 手塚治虫が亡くなったのは、昭和が終わって一か月と二日後、平成元年の2月9日だった。

 生きているあいだは生年を2歳上に言っており(本来は昭和3年生まれだが大正15年生まれだと自称していた)、62歳で亡くなったとおもわれていたが、実は60歳での逝去であった。

 いま聞くと、60というのはすごく若い。60代に入って三か月と少ししか経っていなかった。

 先だって亡くなった鳥山明は、享年68。

 68とは若い、とおもったのは、ここ35年の世相の動きによるものだろうか。

 逆に言えば、手塚治虫の亡くなった年齢が鳥山明より8年若かったというのも、あらためて驚きである。

 手塚治虫が亡くなった当時、62での逝去(そのときはそう報じられた)について、あまり、若くして亡くなった、という報道がなかったようにおもう。

 たぶん戦争体験世代が人口のどれぐらいいるのかによって、反応が変わる事項なのだろう。

 手塚治虫の代表作は、と聞けば、いまの日本だと『ブラックジャック』と答える人がもっとも多そうである。

 亡くなって36年、晩年の作品が代表作だと認識されるのはしかたがないことなのだろう。

 でも、昭和中期から、つまり手塚治虫の活動の中期からリアルタイムで作品を読んでいるものとして、手塚治虫の代表作が『ブラックジャック』だと言われるのはきわめて強く違和感を覚える。

 世代の問題なのはわかるが、手塚の代表作が『ブラックジャック』だという発言を初めて聞いたときは驚愕した。何かの聞き間違いだとおもったくらいだ。



「ぜったいに違う」と叫びたい

 もちろん『ブラックジャック』は連載時に読んでいる。単行本も買って読んでいた。とてもおもしろいとおもう。素晴らしい作品だ。

 でも、これが手塚治虫の最高作とは、ちょっとおもえない。しかたない。生きている時代が違うというのは、そういうことなのだろう。

 大学の漫画研究会の少し上の人で、のちに小学館に入り編集者となった先輩(手塚治虫の担当もやっていた)とその話をしたとき、やはり「え、代表作はブラックジャックじゃないだろう」と言下に否定した。そりゃそうだ。

 われわれ、1960年代前半から漫画を読み出している世代にとって、手塚治虫はリアルタイムに新作を発表しつづけるベテランであり、彼のあの猛烈なエネルギーを感じながら生きていた世代として、彼の世界をブラックジャックで代表させるのは、ぜったいに違う、と叫びだしたくなるレベルの認識の差となる。

 手塚治虫の代表作は何か、というと、たしかにちょっと難しい。

 活動時期が長すぎて、しぼりきれなくなってしまう。なにせ全集が400冊なのだ。

 私は『火の鳥』である。

 「COM」時代の『火の鳥』だ。

 なかでも絞るなら、「未来編」と「鳳凰編」となるが、黎明編―未来編―ヤマト編―宇宙編―鳳凰編―復活編―羽衣編―望郷編―乱世編とつづくこの一連の作品をもって、手塚治虫の代表作だとおもっている。

 手塚治虫には「人気漫画家」としては浮き沈みがあった。

手塚治虫が知られたのは昭和21年(1946)の『新宝島』である。

 手塚のこの作品について書かれたものだけで多数にわたり、当時の衝撃が知れる。

 ここからいまに続く日本の漫画文化が始まった。つまり世界の漫画の原点と言ってもいい作品である。

 本来なら、本作を手塚治虫の代表作とするべきだろう。

 しかし、この作品があまりにも画期的すぎて、ここで示された可能性をあらゆる人が引っ張り出して拡張していまの漫画世界を作り上げたので、いま読むと、何が画期的なのかがわかりにくい。

 前提としているものがあまりにも違いすぎて、知識なしにただ読むだけではこの作品の革新性にはなかなか気づかない。

 それにつづく時代、いわばこの分野の日本の漫画をひとりで担っていた昭和20年代の前半は手塚の第一次の全盛期である。

続きはリンク先
https://news.yahoo.co.jp/articles/6732bec1af287c5dc7c979a14906878af6a773c1?page=1

前スレ
https://hayabusa9.5ch.net/test/read.cgi/mnewsplus/1711525092/


知らんがなw
最高傑作の定義だとか基準を決めないと、誰も決められない
火の鳥を理解できない脳みそも増えてると思うし。
受験に歴史は不要って言ってる連中なんか、元ネタ知らん可能性

452:

>>147 知らんがなw
最高傑作の定義だとか基準を決めないと、誰も決められない
火の鳥を理解できない脳みそも増えてると思うし。
受験に歴史は不要って言ってる連中なんか、元ネタ知らん可能性


MISIAやら変な操作してるだけで証拠じゃない?
人には営業しないもんだ

554:

>>147 知らんがなw
最高傑作の定義だとか基準を決めないと、誰も決められない
火の鳥を理解できない脳みそも増えてると思うし。
受験に歴史は不要って言ってる連中なんか、元ネタ知らん可能性


最高傑作を語るほどみんな手塚治虫を知らないし興味もないだろうな
待合室とかにブラックジャックがよく置いてあるなってだけ

592:

>>1 手塚治虫の「最高傑作」は何か…多くの人が『ブラックジャック』をあげることへの「強烈な違和感」


 手塚治虫が亡くなったのは、昭和が終わって一か月と二日後、平成元年の2月9日だった。

 生きているあいだは生年を2歳上に言っており(本来は昭和3年生まれだが大正15年生まれだと自称していた)、62歳で亡くなったとおもわれていたが、実は60歳での逝去であった。

 いま聞くと、60というのはすごく若い。60代に入って三か月と少ししか経っていなかった。

 先だって亡くなった鳥山明は、享年68。

 68とは若い、とおもったのは、ここ35年の世相の動きによるものだろうか。

 逆に言えば、手塚治虫の亡くなった年齢が鳥山明より8年若かったというのも、あらためて驚きである。

 手塚治虫が亡くなった当時、62での逝去(そのときはそう報じられた)について、あまり、若くして亡くなった、という報道がなかったようにおもう。

 たぶん戦争体験世代が人口のどれぐらいいるのかによって、反応が変わる事項なのだろう。

 手塚治虫の代表作は、と聞けば、いまの日本だと『ブラックジャック』と答える人がもっとも多そうである。

 亡くなって36年、晩年の作品が代表作だと認識されるのはしかたがないことなのだろう。

 でも、昭和中期から、つまり手塚治虫の活動の中期からリアルタイムで作品を読んでいるものとして、手塚治虫の代表作が『ブラックジャック』だと言われるのはきわめて強く違和感を覚える。

 世代の問題なのはわかるが、手塚の代表作が『ブラックジャック』だという発言を初めて聞いたときは驚愕した。何かの聞き間違いだとおもったくらいだ。



「ぜったいに違う」と叫びたい

 もちろん『ブラックジャック』は連載時に読んでいる。単行本も買って読んでいた。とてもおもしろいとおもう。素晴らしい作品だ。

 でも、これが手塚治虫の最高作とは、ちょっとおもえない。しかたない。生きている時代が違うというのは、そういうことなのだろう。

 大学の漫画研究会の少し上の人で、のちに小学館に入り編集者となった先輩(手塚治虫の担当もやっていた)とその話をしたとき、やはり「え、代表作はブラックジャックじゃないだろう」と言下に否定した。そりゃそうだ。

 われわれ、1960年代前半から漫画を読み出している世代にとって、手塚治虫はリアルタイムに新作を発表しつづけるベテランであり、彼のあの猛烈なエネルギーを感じながら生きていた世代として、彼の世界をブラックジャックで代表させるのは、ぜったいに違う、と叫びだしたくなるレベルの認識の差となる。

 手塚治虫の代表作は何か、というと、たしかにちょっと難しい。

 活動時期が長すぎて、しぼりきれなくなってしまう。なにせ全集が400冊なのだ。

 私は『火の鳥』である。

 「COM」時代の『火の鳥』だ。

 なかでも絞るなら、「未来編」と「鳳凰編」となるが、黎明編―未来編―ヤマト編―宇宙編―鳳凰編―復活編―羽衣編―望郷編―乱世編とつづくこの一連の作品をもって、手塚治虫の代表作だとおもっている。

 手塚治虫には「人気漫画家」としては浮き沈みがあった。

手塚治虫が知られたのは昭和21年(1946)の『新宝島』である。

 手塚のこの作品について書かれたものだけで多数にわたり、当時の衝撃が知れる。

 ここからいまに続く日本の漫画文化が始まった。つまり世界の漫画の原点と言ってもいい作品である。

 本来なら、本作を手塚治虫の代表作とするべきだろう。

 しかし、この作品があまりにも画期的すぎて、ここで示された可能性をあらゆる人が引っ張り出して拡張していまの漫画世界を作り上げたので、いま読むと、何が画期的なのかがわかりにくい。

 前提としているものがあまりにも違いすぎて、知識なしにただ読むだけではこの作品の革新性にはなかなか気づかない。

 それにつづく時代、いわばこの分野の日本の漫画をひとりで担っていた昭和20年代の前半は手塚の第一次の全盛期である。

続きはリンク先
https://news.yahoo.co.jp/articles/6732bec1af287c5dc7c979a14906878af6a773c1?page=1

前スレ
https://hayabusa9.5ch.net/test/read.cgi/mnewsplus/1711525092/


BJは医学会でボロクソに叩かれてる
火の鳥だろ

(`・ω・´)σ꜆꜄꜆ 他のコメント

24:

50代前半以下の人間からしたらアトムとか火の鳥とかつまらん…てのがまずあって、そこにブラックジャックが来て手塚作品に面白いのあんじゃん!てのかあるからな
世の大半の人間が選ぶ代表作がブラックジャックなのは当然
そこから興味持ってアドルフとかブッダとかも面白いじゃんになる

638:

>>24 50代前半以下の人間からしたらアトムとか火の鳥とかつまらん…てのがまずあって、そこにブラックジャックが来て手塚作品に面白いのあんじゃん!てのかあるからな
世の大半の人間が選ぶ代表作がブラックジャックなのは当然
そこから興味持ってアドルフとかブッダとかも面白いじゃんになる


50だけどブラックジャックの他にも三つ目がとおるが連載してたしテレビじゃ悟空の大冒険やリボンの騎士が毎日のように再放送してたから
わりと幼少期は手塚漫画やアニメに親しんでたな
80年代になってアトムのリメイクとかやり出すと急に古臭く時代に合ってないように感じた
んで忘れてたんだけど小5ぐらいの時にアドルフと一緒に火の鳥やブッダが豪華本で再発の手塚再評価ブームが来てまた見直した感じ
1000円の豪華本でハマり直した人は同世代だと多いんじゃないかな

51:

手塚治が人気なくなって最後のお情けで連載したのがブラックジャック
 →大復活
たしか医学部だかの出身で、最後の作品に医者モノを選ぶあたり色々思い入れがあったんだろうな
オレは三つ目が通るが好き

74:

>>51 手塚治が人気なくなって最後のお情けで連載したのがブラックジャック
 →大復活
たしか医学部だかの出身で、最後の作品に医者モノを選ぶあたり色々思い入れがあったんだろうな
オレは三つ目が通るが好き


当時の日本にはまだ医療ドラマなんて少なかったからね
白い巨塔が1978年だが、ブラック・ジャックはもっと前だし
海外ドラマだとドクターベン・ケーシーがあったが

83:

>>74 当時の日本にはまだ医療ドラマなんて少なかったからね
白い巨塔が1978年だが、ブラック・ジャックはもっと前だし
海外ドラマだとドクターベン・ケーシーがあったが


赤ひげ

78:

>>51 手塚治が人気なくなって最後のお情けで連載したのがブラックジャック
 →大復活
たしか医学部だかの出身で、最後の作品に医者モノを選ぶあたり色々思い入れがあったんだろうな
オレは三つ目が通るが好き


医学部出身ではないよ
大学に入ったこともないし

89:

>>78 医学部出身ではないよ
大学に入ったこともないし


医師免許あるし博士号もあるね

112:

>>78 医学部出身ではないよ
大学に入ったこともないし


当時は戦争のどさくさとかがあったから大学経由せずに医師専門学校から医師免許取ったと聞いた
(戦時で医師不足するから軍の肝入りで促成栽培する奴だな)

204:

小学校の頃に手塚治虫の漫画を見てた者としては
シンプルに鉄腕アトムが最高傑作だと思う
中高生とか大人とかになって読んでたら
他の作品をあげたと思うけど

230:

手塚潰しのテーマが手塚がやってないことで売れればなんでもいい
これが劇画で暴力、エロ、グロの温床で成功した
手塚は古い終わったと言われるようになり劇画に影響されてかいたのが
ブラックジャック、もちろん手塚の最高傑作ではないし
リボンの騎士の方が格上、劇画は有害図書運動の槍玉にされて
子供にマンガは有害とされてたのを引っくり返したのが藤子不二雄
子供に見せてもいいマンガで手塚の直弟子が手塚の評価復権を果たした
一方、安孫子と理想のマンガを語り合った寺さんは筆を折った後消えた

308:

手塚の初期SF三部作のころの線はほんと美しいな
確かに手塚は正規の絵の教育を受けていないし本人もコンプレックスがあったけど
漫画の線の美しさでは誰も適わないと思う

453:

>>308 手塚の初期SF三部作のころの線はほんと美しいな
確かに手塚は正規の絵の教育を受けていないし本人もコンプレックスがあったけど
漫画の線の美しさでは誰も適わないと思う


若い頃から下描きする時間が無かったからいきなりペン入れしてたらしい
手塚は漫画の本質はデフォルメであり風刺だと言ってるし緻密にリアルに描く劇画には対抗心を持ってた
だからナンセンス系の漫画家に共鳴していて特に小島功は絵も手本にしている

317:

昔のことだからあんまり覚えてないけど
俺もシュマリは「これ最高傑作では」と思った記憶がある
あとはベタに火の鳥鳳凰編
「このページ数でこれだけのものが描けるのか」って

520:

手塚はNHKの制作ドキュメントの中で
「僕は画家ですから」みたいなことをサラッと言っている
ストーリーで語られることが多いが、やはり漫画家手塚として評価するのが正当だろう

583:

手塚治虫ほぼ全て熟読しています。火の鳥、ブッダ、ブラックジャックは本当に人類の宝です。
アドルフやトリトンも好きだし三つ目が通るやアトムの「ロビオとロビエッタ」も印象深かったけど、
「アポロの歌」は子供心に頭にガーンと来て、大人になってからまた買い直しました。

589:

茜丸…。アポロの歌の輪廻転生も含めて
とにかく手塚治虫先生の作品は漫画界のニコラテスラ(高次元で時代が早すぎる)なので、
一般人に広く受け入れられるのはアラレちゃんや、うる星やつらや、ひばり君とか、有閑倶楽部も好きだけど、
ていうか日本の漫画は本当に凄すぎる

598:

どの時代にも代表作があって、
最終期の『ブラックジャック』を
この不世出の巨人の代表作とするのは、
かなり矮小化されているな、というのが正直な気持ちである。
堀井 憲一郎(コラムニスト)

636:

誰を対象に作品を書くか
大衆向けだとどうしても陳腐になる
そういうのはアトムやBJでいいだろ
火の鳥は手塚本人がライフワークと言うように大衆向けというより分かる人にだけ分かるように描いたに違いない
「2001年宇宙の旅」を見ても「つまらん」と言う人が多いが、あれは紛れもなく名作と言える

645:

代表作って話なら指標は知名度なんだから
著名で、TV化や映画化させてるもの
一方の最高傑作なんて人それぞれだと思うけどね

そういう意味ではBJは代表作で問題ないでしょ
他にも、アトム、ジャングル大帝、リボンの騎士
火の鳥、三つ目がとおる、どろろ とかも

701:

鳳凰編もよかった
火の鳥は見た後ジーンと考えさせるものがある
それが他の作品との大きな違い
「あっそう」で終わらない作品
「人はなぜ生きているのか?」という
解決できないであろう人類の究極命題を追求してる

811:

ライオンキングの初版も持っててめちゃくちゃ汚かったけどこれも思ったよりは高く値がついたから売っちゃったなw
手塚治虫は好き嫌いに関わらず日本の漫画の先生ではある
今のどんなジャンルの漫画でも間接的に手塚治虫の影響はあるんだよな
引用元: https://hayabusa3.2ch.sc/test/read.cgi/mnewsplus/1711547895

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