横山やすしの教えを理解できなかった「松本人志」 「笑いのつぼ」を勘違いした「いじめ芸」の終焉 - 芸能人
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横山やすしの教えを理解できなかった「松本人志」 「笑いのつぼ」を勘違いした「いじめ芸」の終焉

2024/01/17
芸能人 0
  • 横山やすしの教えを理解できなかった「松本人志」 「笑いのつぼ」を勘違いした「いじめ芸」の終焉 2024.1.15(月) 伊東 乾 前回稿も多くの読者に読んでいただき、改めてお礼を最初に記したいと思います。
  • 私はタレントのスキャンダルを書きたてたいわけではなく、このような一種の社会的な「脱臼」を期に、日頃見慣れて感覚がマヒしている、実は異常な状態に、警鐘を鳴らすことを一番大切に思っています。
  • 1月12日付JBpress記事「叩かなければ笑い取れないのか、芸人の“どつき芸”、もう終わりにしないか」は、放送・構成作家の方が書かれた原稿とのことで、私の視点と一致する面がいくつもあるように思われました。
  • お笑いコンビ「錦鯉」というものをそもそもよく知らない私は、剃り上げたアタマをポンと叩く「芸」が幼稚園児にバカ受けして困る・・・という、その「芸」自体を見たことがないのですが、「どつき」に注目して幼稚な笑いに疑義を呈する姿勢は大いに共鳴しました。
  • さらに放送倫理・番組向上機構(BPO)による〈「痛みを伴うことを笑いの対象とするバラエティー」に関する見解〉(2022年4月)の引用も、重要な点を衝いていると思います。
  • 「本当に苦しそうな様子をスタジオで笑っていることが不快」「出演者たちが自分たちの身内でパワハラ的なことを楽しんでいるように見える」など、不快感を示す意見が一定数寄せられている。
  • 「今なおテレビが公共性を有し放送されることは、権威を伴って視聴者に受け容れられているといってよい社会状況のなかで、暴力シーンや痛みを伴うことを笑いの対象とする演出について番組制作者に引き続いて検討を要請するために、この見解を示すことにした」 しかし「暴力はいけないから、そういう表現はやめよう」という、小学校の学級委員、優等生的なリーダーシップで「表現の自由」が何とかなるような世界ではありません。
  • 「どつき」ないしは「いじめ」が視聴率を上昇させ続けている限り、数字がすべての商売ですから、懲りずに「どつく」「いじめる」で、見かけ上の業績を取り繕う松本人志のような商法は根絶できません。
  • 今回は、上方演芸の原点にさかのぼって「正しいドツキ」あるいは表現の自由に照らして「悪くない暴力表現」の意味合いを考えて見たいと思います。
  • 「横山やすし」が松本人志に教えたこと。

1:

横山やすしの教えを理解できなかった「松本人志」
「笑いのつぼ」を勘違いした「いじめ芸」の終焉
2024.1.15(月)

伊東 乾

 前回稿も多くの読者に読んでいただき、改めてお礼を最初に記したいと思います。

 私はタレントのスキャンダルを書きたてたいわけではなく、このような一種の社会的な「脱臼」を期に、日頃見慣れて感覚がマヒしている、実は異常な状態に、警鐘を鳴らすことを一番大切に思っています。

 1月12日付JBpress記事「叩かなければ笑い取れないのか、芸人の“どつき芸”、もう終わりにしないか」は、放送・構成作家の方が書かれた原稿とのことで、私の視点と一致する面がいくつもあるように思われました。

 お笑いコンビ「錦鯉」というものをそもそもよく知らない私は、剃り上げたアタマをポンと叩く「芸」が幼稚園児にバカ受けして困る・・・という、その「芸」自体を見たことがないのですが、「どつき」に注目して幼稚な笑いに疑義を呈する姿勢は大いに共鳴しました。

 さらに放送倫理・番組向上機構(BPO)による〈「痛みを伴うことを笑いの対象とするバラエティー」に関する見解〉(2022年4月)の引用も、重要な点を衝いていると思います。

 BPOの見解を一部、再引用してみましょう。

「本当に苦しそうな様子をスタジオで笑っていることが不快」「出演者たちが自分たちの身内でパワハラ的なことを楽しんでいるように見える」など、不快感を示す意見が一定数寄せられている。

「今なおテレビが公共性を有し放送されることは、権威を伴って視聴者に受け容れられているといってよい社会状況のなかで、暴力シーンや痛みを伴うことを笑いの対象とする演出について番組制作者に引き続いて検討を要請するために、この見解を示すことにした」

 しかし「暴力はいけないから、そういう表現はやめよう」という、小学校の学級委員、優等生的なリーダーシップで「表現の自由」が何とかなるような世界ではありません。

「どつき」ないしは「いじめ」が視聴率を上昇させ続けている限り、数字がすべての商売ですから、懲りずに「どつく」「いじめる」で、見かけ上の業績を取り繕う松本人志のような商法は根絶できません。

 今回は、上方演芸の原点にさかのぼって「正しいドツキ」あるいは表現の自由に照らして「悪くない暴力表現」の意味合いを考えて見たいと思います。
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/78920

「横山やすし」が松本人志に教えたこと 
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/78920?page=2

186:

>>1 横山やすしの教えを理解できなかった「松本人志」
「笑いのつぼ」を勘違いした「いじめ芸」の終焉
2024.1.15(月)

伊東 乾

 前回稿も多くの読者に読んでいただき、改めてお礼を最初に記したいと思います。

 私はタレントのスキャンダルを書きたてたいわけではなく、このような一種の社会的な「脱臼」を期に、日頃見慣れて感覚がマヒしている、実は異常な状態に、警鐘を鳴らすことを一番大切に思っています。

 1月12日付JBpress記事「叩かなければ笑い取れないのか、芸人の“どつき芸”、もう終わりにしないか」は、放送・構成作家の方が書かれた原稿とのことで、私の視点と一致する面がいくつもあるように思われました。

 お笑いコンビ「錦鯉」というものをそもそもよく知らない私は、剃り上げたアタマをポンと叩く「芸」が幼稚園児にバカ受けして困る・・・という、その「芸」自体を見たことがないのですが、「どつき」に注目して幼稚な笑いに疑義を呈する姿勢は大いに共鳴しました。

 さらに放送倫理・番組向上機構(BPO)による〈「痛みを伴うことを笑いの対象とするバラエティー」に関する見解〉(2022年4月)の引用も、重要な点を衝いていると思います。

 BPOの見解を一部、再引用してみましょう。

「本当に苦しそうな様子をスタジオで笑っていることが不快」「出演者たちが自分たちの身内でパワハラ的なことを楽しんでいるように見える」など、不快感を示す意見が一定数寄せられている。

「今なおテレビが公共性を有し放送されることは、権威を伴って視聴者に受け容れられているといってよい社会状況のなかで、暴力シーンや痛みを伴うことを笑いの対象とする演出について番組制作者に引き続いて検討を要請するために、この見解を示すことにした」

 しかし「暴力はいけないから、そういう表現はやめよう」という、小学校の学級委員、優等生的なリーダーシップで「表現の自由」が何とかなるような世界ではありません。

「どつき」ないしは「いじめ」が視聴率を上昇させ続けている限り、数字がすべての商売ですから、懲りずに「どつく」「いじめる」で、見かけ上の業績を取り繕う松本人志のような商法は根絶できません。

 今回は、上方演芸の原点にさかのぼって「正しいドツキ」あるいは表現の自由に照らして「悪くない暴力表現」の意味合いを考えて見たいと思います。
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/78920

「横山やすし」が松本人志に教えたこと 
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/78920?page=2


愛のあるイジメ

253:

>>1 横山やすしの教えを理解できなかった「松本人志」
「笑いのつぼ」を勘違いした「いじめ芸」の終焉
2024.1.15(月)

伊東 乾

 前回稿も多くの読者に読んでいただき、改めてお礼を最初に記したいと思います。

 私はタレントのスキャンダルを書きたてたいわけではなく、このような一種の社会的な「脱臼」を期に、日頃見慣れて感覚がマヒしている、実は異常な状態に、警鐘を鳴らすことを一番大切に思っています。

 1月12日付JBpress記事「叩かなければ笑い取れないのか、芸人の“どつき芸”、もう終わりにしないか」は、放送・構成作家の方が書かれた原稿とのことで、私の視点と一致する面がいくつもあるように思われました。

 お笑いコンビ「錦鯉」というものをそもそもよく知らない私は、剃り上げたアタマをポンと叩く「芸」が幼稚園児にバカ受けして困る・・・という、その「芸」自体を見たことがないのですが、「どつき」に注目して幼稚な笑いに疑義を呈する姿勢は大いに共鳴しました。

 さらに放送倫理・番組向上機構(BPO)による〈「痛みを伴うことを笑いの対象とするバラエティー」に関する見解〉(2022年4月)の引用も、重要な点を衝いていると思います。

 BPOの見解を一部、再引用してみましょう。

「本当に苦しそうな様子をスタジオで笑っていることが不快」「出演者たちが自分たちの身内でパワハラ的なことを楽しんでいるように見える」など、不快感を示す意見が一定数寄せられている。

「今なおテレビが公共性を有し放送されることは、権威を伴って視聴者に受け容れられているといってよい社会状況のなかで、暴力シーンや痛みを伴うことを笑いの対象とする演出について番組制作者に引き続いて検討を要請するために、この見解を示すことにした」

 しかし「暴力はいけないから、そういう表現はやめよう」という、小学校の学級委員、優等生的なリーダーシップで「表現の自由」が何とかなるような世界ではありません。

「どつき」ないしは「いじめ」が視聴率を上昇させ続けている限り、数字がすべての商売ですから、懲りずに「どつく」「いじめる」で、見かけ上の業績を取り繕う松本人志のような商法は根絶できません。

 今回は、上方演芸の原点にさかのぼって「正しいドツキ」あるいは表現の自由に照らして「悪くない暴力表現」の意味合いを考えて見たいと思います。
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/78920

「横山やすし」が松本人志に教えたこと 
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/78920?page=2


>テレビ欄の「松本人志」をすべて「トミーズ雅」に差し替えるだけでもよほど、気持ちの良いテレビに回復すると思います。少なくとも「松本軍団のいじめショー」は一掃されることになるから。
そもそも下賤だと嘲ってロクに見たりもしないからデタラメな分析をしてしまうんだな
下半身はアレだけど実力はちゃんとあったよ松本は
暴力のイジメ芸やりゃ受けるなら今はもっと酷いことになってるだろ

317:

>>1 横山やすしの教えを理解できなかった「松本人志」
「笑いのつぼ」を勘違いした「いじめ芸」の終焉
2024.1.15(月)

伊東 乾

 前回稿も多くの読者に読んでいただき、改めてお礼を最初に記したいと思います。

 私はタレントのスキャンダルを書きたてたいわけではなく、このような一種の社会的な「脱臼」を期に、日頃見慣れて感覚がマヒしている、実は異常な状態に、警鐘を鳴らすことを一番大切に思っています。

 1月12日付JBpress記事「叩かなければ笑い取れないのか、芸人の“どつき芸”、もう終わりにしないか」は、放送・構成作家の方が書かれた原稿とのことで、私の視点と一致する面がいくつもあるように思われました。

 お笑いコンビ「錦鯉」というものをそもそもよく知らない私は、剃り上げたアタマをポンと叩く「芸」が幼稚園児にバカ受けして困る・・・という、その「芸」自体を見たことがないのですが、「どつき」に注目して幼稚な笑いに疑義を呈する姿勢は大いに共鳴しました。

 さらに放送倫理・番組向上機構(BPO)による〈「痛みを伴うことを笑いの対象とするバラエティー」に関する見解〉(2022年4月)の引用も、重要な点を衝いていると思います。

 BPOの見解を一部、再引用してみましょう。

「本当に苦しそうな様子をスタジオで笑っていることが不快」「出演者たちが自分たちの身内でパワハラ的なことを楽しんでいるように見える」など、不快感を示す意見が一定数寄せられている。

「今なおテレビが公共性を有し放送されることは、権威を伴って視聴者に受け容れられているといってよい社会状況のなかで、暴力シーンや痛みを伴うことを笑いの対象とする演出について番組制作者に引き続いて検討を要請するために、この見解を示すことにした」

 しかし「暴力はいけないから、そういう表現はやめよう」という、小学校の学級委員、優等生的なリーダーシップで「表現の自由」が何とかなるような世界ではありません。

「どつき」ないしは「いじめ」が視聴率を上昇させ続けている限り、数字がすべての商売ですから、懲りずに「どつく」「いじめる」で、見かけ上の業績を取り繕う松本人志のような商法は根絶できません。

 今回は、上方演芸の原点にさかのぼって「正しいドツキ」あるいは表現の自由に照らして「悪くない暴力表現」の意味合いを考えて見たいと思います。
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/78920

「横山やすし」が松本人志に教えたこと 
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/78920?page=2


つまらないお笑いの芸人は消えるべき

672:

>>1 横山やすしの教えを理解できなかった「松本人志」
「笑いのつぼ」を勘違いした「いじめ芸」の終焉
2024.1.15(月)

伊東 乾

 前回稿も多くの読者に読んでいただき、改めてお礼を最初に記したいと思います。

 私はタレントのスキャンダルを書きたてたいわけではなく、このような一種の社会的な「脱臼」を期に、日頃見慣れて感覚がマヒしている、実は異常な状態に、警鐘を鳴らすことを一番大切に思っています。

 1月12日付JBpress記事「叩かなければ笑い取れないのか、芸人の“どつき芸”、もう終わりにしないか」は、放送・構成作家の方が書かれた原稿とのことで、私の視点と一致する面がいくつもあるように思われました。

 お笑いコンビ「錦鯉」というものをそもそもよく知らない私は、剃り上げたアタマをポンと叩く「芸」が幼稚園児にバカ受けして困る・・・という、その「芸」自体を見たことがないのですが、「どつき」に注目して幼稚な笑いに疑義を呈する姿勢は大いに共鳴しました。

 さらに放送倫理・番組向上機構(BPO)による〈「痛みを伴うことを笑いの対象とするバラエティー」に関する見解〉(2022年4月)の引用も、重要な点を衝いていると思います。

 BPOの見解を一部、再引用してみましょう。

「本当に苦しそうな様子をスタジオで笑っていることが不快」「出演者たちが自分たちの身内でパワハラ的なことを楽しんでいるように見える」など、不快感を示す意見が一定数寄せられている。

「今なおテレビが公共性を有し放送されることは、権威を伴って視聴者に受け容れられているといってよい社会状況のなかで、暴力シーンや痛みを伴うことを笑いの対象とする演出について番組制作者に引き続いて検討を要請するために、この見解を示すことにした」

 しかし「暴力はいけないから、そういう表現はやめよう」という、小学校の学級委員、優等生的なリーダーシップで「表現の自由」が何とかなるような世界ではありません。

「どつき」ないしは「いじめ」が視聴率を上昇させ続けている限り、数字がすべての商売ですから、懲りずに「どつく」「いじめる」で、見かけ上の業績を取り繕う松本人志のような商法は根絶できません。

 今回は、上方演芸の原点にさかのぼって「正しいドツキ」あるいは表現の自由に照らして「悪くない暴力表現」の意味合いを考えて見たいと思います。
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/78920

「横山やすし」が松本人志に教えたこと 
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ニーチェ「笑いというのは、良心の呵責もなしに他人の不幸を喜ぶことだ」

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>>1 横山やすしの教えを理解できなかった「松本人志」
「笑いのつぼ」を勘違いした「いじめ芸」の終焉
2024.1.15(月)

伊東 乾

 前回稿も多くの読者に読んでいただき、改めてお礼を最初に記したいと思います。

 私はタレントのスキャンダルを書きたてたいわけではなく、このような一種の社会的な「脱臼」を期に、日頃見慣れて感覚がマヒしている、実は異常な状態に、警鐘を鳴らすことを一番大切に思っています。

 1月12日付JBpress記事「叩かなければ笑い取れないのか、芸人の“どつき芸”、もう終わりにしないか」は、放送・構成作家の方が書かれた原稿とのことで、私の視点と一致する面がいくつもあるように思われました。

 お笑いコンビ「錦鯉」というものをそもそもよく知らない私は、剃り上げたアタマをポンと叩く「芸」が幼稚園児にバカ受けして困る・・・という、その「芸」自体を見たことがないのですが、「どつき」に注目して幼稚な笑いに疑義を呈する姿勢は大いに共鳴しました。

 さらに放送倫理・番組向上機構(BPO)による〈「痛みを伴うことを笑いの対象とするバラエティー」に関する見解〉(2022年4月)の引用も、重要な点を衝いていると思います。

 BPOの見解を一部、再引用してみましょう。

「本当に苦しそうな様子をスタジオで笑っていることが不快」「出演者たちが自分たちの身内でパワハラ的なことを楽しんでいるように見える」など、不快感を示す意見が一定数寄せられている。

「今なおテレビが公共性を有し放送されることは、権威を伴って視聴者に受け容れられているといってよい社会状況のなかで、暴力シーンや痛みを伴うことを笑いの対象とする演出について番組制作者に引き続いて検討を要請するために、この見解を示すことにした」

 しかし「暴力はいけないから、そういう表現はやめよう」という、小学校の学級委員、優等生的なリーダーシップで「表現の自由」が何とかなるような世界ではありません。

「どつき」ないしは「いじめ」が視聴率を上昇させ続けている限り、数字がすべての商売ですから、懲りずに「どつく」「いじめる」で、見かけ上の業績を取り繕う松本人志のような商法は根絶できません。

 今回は、上方演芸の原点にさかのぼって「正しいドツキ」あるいは表現の自由に照らして「悪くない暴力表現」の意味合いを考えて見たいと思います。
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/78920

「横山やすし」が松本人志に教えたこと 
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/78920?page=2


俺が◯◯に認められた頃、知り合いの放送作家がダウンタウンを酷いと言ってた、俺もそう思う
俺が◯◯の賞と取ったあの頃、知り合いのプロデューサーがダウンタウンを酷いと言ってた、俺もそう思う

こんな自己顕示欲と権威主義の文が最後まで続きます

933:

>>1 横山やすしの教えを理解できなかった「松本人志」
「笑いのつぼ」を勘違いした「いじめ芸」の終焉
2024.1.15(月)

伊東 乾

 前回稿も多くの読者に読んでいただき、改めてお礼を最初に記したいと思います。

 私はタレントのスキャンダルを書きたてたいわけではなく、このような一種の社会的な「脱臼」を期に、日頃見慣れて感覚がマヒしている、実は異常な状態に、警鐘を鳴らすことを一番大切に思っています。

 1月12日付JBpress記事「叩かなければ笑い取れないのか、芸人の“どつき芸”、もう終わりにしないか」は、放送・構成作家の方が書かれた原稿とのことで、私の視点と一致する面がいくつもあるように思われました。

 お笑いコンビ「錦鯉」というものをそもそもよく知らない私は、剃り上げたアタマをポンと叩く「芸」が幼稚園児にバカ受けして困る・・・という、その「芸」自体を見たことがないのですが、「どつき」に注目して幼稚な笑いに疑義を呈する姿勢は大いに共鳴しました。

 さらに放送倫理・番組向上機構(BPO)による〈「痛みを伴うことを笑いの対象とするバラエティー」に関する見解〉(2022年4月)の引用も、重要な点を衝いていると思います。

 BPOの見解を一部、再引用してみましょう。

「本当に苦しそうな様子をスタジオで笑っていることが不快」「出演者たちが自分たちの身内でパワハラ的なことを楽しんでいるように見える」など、不快感を示す意見が一定数寄せられている。

「今なおテレビが公共性を有し放送されることは、権威を伴って視聴者に受け容れられているといってよい社会状況のなかで、暴力シーンや痛みを伴うことを笑いの対象とする演出について番組制作者に引き続いて検討を要請するために、この見解を示すことにした」

 しかし「暴力はいけないから、そういう表現はやめよう」という、小学校の学級委員、優等生的なリーダーシップで「表現の自由」が何とかなるような世界ではありません。

「どつき」ないしは「いじめ」が視聴率を上昇させ続けている限り、数字がすべての商売ですから、懲りずに「どつく」「いじめる」で、見かけ上の業績を取り繕う松本人志のような商法は根絶できません。

 今回は、上方演芸の原点にさかのぼって「正しいドツキ」あるいは表現の自由に照らして「悪くない暴力表現」の意味合いを考えて見たいと思います。
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/78920

「横山やすし」が松本人志に教えたこと 
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/78920?page=2


言ってることに同意しないわけでもないけど「いじめで笑いを取った時代は、時代そのものが不健全だ」と言うことを
松本が個人のスキャンダルで転ぶまで主張できないってのがそもそも不健全だな

(`・ω・´)σ꜆꜄꜆ 他のコメント

119:

松本はやすしにテレビ演芸でケチョンケチョンにされたことを、ずっと根に持ってたな。
それが、後のごっつの、「かーずやはまだ夢の中ー」に繋がる。

134:

>>119 松本はやすしにテレビ演芸でケチョンケチョンにされたことを、ずっと根に持ってたな。
それが、後のごっつの、「かーずやはまだ夢の中ー」に繋がる。


あの頃はやすし馬鹿にしたり三枝馬鹿にしたりとかイケイケだったのに映画の番宣でさんまのまんまに出て媚び売ってる姿見て心底がっかりしたな
さんまもすごく扱いにくかった感じだったし
どうせ大崎の無理強いだろう

262:

>>119 松本はやすしにテレビ演芸でケチョンケチョンにされたことを、ずっと根に持ってたな。
それが、後のごっつの、「かーずやはまだ夢の中ー」に繋がる。


大崎と手を組んで、やすしをはじめ昔気質の芸人たちを吉本から一斉に放逐したんだよな
松本には異常な権力志向があって、大崎はそれをうまく利用して自らも権力を手にした
そういう下衆な連中の限界が今回の事件

151:

やっさんか私生活はともかく大衆に見せる芸に関しては一定の倫理観は考えて喋ってたな
ある漫画家の先生も基本的に漫画は何を書いてもいいが人権をちゃかすものは絶対におかしてはならないと思うので一線を外しそうだなという時は漫画家同士互いに注意してやっていきたいですねと語っていた

293:

「これは新しいお笑いなんだから!!w理解できない奴は古い!!!w」で弱い立場の人やおとなしい人に一方的にいじりいじめや悪口言うのが面白いwwwという風潮作った輩芸人達が今は上の地位にいるから
日本は海外に比べて人の人権を尊重しようという意識や取り組みが格段に遅れているのかもな

韓国ですら今は芸能界ではリスペクトトレーニングやパワハラやセクハラをしないという誓約書を書かせられるので仕事しに行った日本人が驚いているし

315:

>>293 「これは新しいお笑いなんだから!!w理解できない奴は古い!!!w」で弱い立場の人やおとなしい人に一方的にいじりいじめや悪口言うのが面白いwwwという風潮作った輩芸人達が今は上の地位にいるから
日本は海外に比べて人の人権を尊重しようという意識や取り組みが格段に遅れているのかもな

韓国ですら今は芸能界ではリスペクトトレーニングやパワハラやセクハラをしないという誓約書を書かせられるので仕事しに行った日本人が驚いているし


人権を尊重してる韓国がなんでレイプ多いんだ?

341:

>>315 人権を尊重してる韓国がなんでレイプ多いんだ?


一般社会のデータソースは知らないが
芸能界はハラスメント対策取がられて今は日本よりクリーンぽいね
仕事に行った日本人が驚いているくらいだし
リスペクトトレーニングやパワハラセクハラに対する勉強会とハラスメントをしない誓約書

日本の演劇界芸能界も人権対策に動かないと

297:

>単に「分別がない」だけの状態を「才能」と勘違いして「失われた30年」の病んだ社会病理に訴えた。

>そして、インターネットの登場で沈没しつつあるテレビメディア、つまり沈没途中の船の中だけで通用する「はだかの王様」という権力者に祭り上げられた。


なるほどねぇ
良い分析してるわ

312:

>松本人志は、お父さんの藁人形の鼻に釘を打ち付けて苦しめるといった内容を語り、観客席からは、声の高い「幼い笑い」が返ってくる。

>大人は反応しない。単にイヤな顔をして黙っていたはずで、それを「ちっともウケん客やな~」程度にしか松本人志の了見では、受け止められなかったらしい。

>実際、録画でもスタジオの客席は全然沸かない。

>当時17歳だった私がテレビで見ていても「やだな」と思う程度に「家庭内暴力ポルノ」、最悪な画面でした。


客が悪い
この姿勢は昔から変わらんな

313:

松本人志、「ひょっとこ」発言で内川とバトル 抗議に逆ギレ
https://www.dailyshincho.jp/article/2017/04230558/?all=1

内川氏はアゴで子供の頃いじめられたそうで
子供の事も気にして抗議
それに対して「俺の方がむかつかわ!」と松本
フジテレビが謝ったそうだけど
こういうのが復帰後も続くと誰も相手にしなくなるよ・・・

348:

テレビの映像、そこでの発言、
ラジオでの会話内容
どこで録画、録音され残されるか
言った発言が記事にされるか分からない時代

デジタルタトゥーとなって存在して
何年か後に掘られて自分が窮地に陥る場合もある

芸人たちは気をつける事やな

411:

1月4日放送の日本テレビ(制作・読売テレビ)『ダウンタウンDX』では提供社名の表示すらなくなってしまった。CМの一部もACジャパンに差し替えられた。

 自前のCМをACに替えても企業はスポンサー料を支払わなくてはならない。それでも自前のCМを流したくなかったのだから、よほど松本と関連付けられるのが嫌だったわけだ。

612:

やすしも人間的に褒められたものではないが
批判されたことを根に持って相手が弱ってるときにテレビで馬鹿にするとか陰湿なことはやってないぞ
松本はそういう風潮を日本全国に広げたのだから罪は重い

634:

>お笑いコンビ「錦鯉」というものをそもそもよく知らない
>その「芸」自体を見たことがない

>「どつき」に注目して幼稚な笑いに疑義を呈する姿勢は大いに共鳴しました。

まず、錦鯉の芸をよく見てからコメントしろよ

やっさんを持ち出す前にまずやるべきことをやれよ

720:

この人の意見は、記事内で矛盾がある。

>「強い者」の側に立って一部の「弱い者」がひどい目に遭うのを見て、
>心密に喜ぶといった状況を「弱い者いじめ」というわけで・・・

例えば、たけし軍団は『一部の「弱い者」』がひどい目に遭ってるか?
数に着目するならば、いじめる側の強者はたけし1人。
その1人が、軍団員である大勢の弱い人間をいじめて笑わせる芸。
全員を平等にいじめてなかったっけ?
あれだけの数の人間を贔屓もせずにいじめるのはあまりない状況。

728:

松本が一番恐れてるのは自分の芸人としての名誉が剥奪されることだろうなと思う
引退とか金なんかではない
テレビで一斉に名誉を剥がされ芸能人たちから批判されまくることを一番恐れてる
そういう意味では「裁判をする」と言って業界人を黙らせることには成功している

748:

>>728 松本が一番恐れてるのは自分の芸人としての名誉が剥奪されることだろうなと思う
引退とか金なんかではない
テレビで一斉に名誉を剥がされ芸能人たちから批判されまくることを一番恐れてる
そういう意味では「裁判をする」と言って業界人を黙らせることには成功している


そういや新助はいなかったことになっているな

788:

舞台に立つ、表に出る演者としてだけじゃないからな
大喜利って方法論やひたすら理不尽にぶちぎれるだけのおっさんや
感想戦とでも言おうか、なぜこのネタは
受けたのか?ってのを普遍性のある言葉で解説するとか
やってきたことは多岐に渡るからな
イジメ芸なんてのは一面的なものにしか過ぎないし
むしろ笑いものにされるとかも積極的に受けていたけどね

935:

>テレビ欄の「松本人志」をすべて「トミーズ雅」に差し替えるだけでもよほど、気持ちの良いテレビに回復すると思います。
>少なくとも「松本軍団のいじめショー」は一掃されることになるから。


なんかヤベーやつだなコイツ

956:

>>935 >テレビ欄の「松本人志」をすべて「トミーズ雅」に差し替えるだけでもよほど、気持ちの良いテレビに回復すると思います。
>少なくとも「松本軍団のいじめショー」は一掃されることになるから。


なんかヤベーやつだなコイツ


唐突なトミーズ雅アゲ戸惑うよな
引用元: https://hayabusa3.2ch.sc/test/read.cgi/mnewsplus/1705399337

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