懐かしきかな「ラジカセ」の奥義!好きな曲のダビングに熱中した昭和の時代 - テレビ
げいのうまとめんぬ

懐かしきかな「ラジカセ」の奥義!好きな曲のダビングに熱中した昭和の時代

2023/12/06
テレビ 0
  • CBC 音楽配信のサブスクリプションなどなかった昭和の時代、好きな曲を自分で何度も楽しむ方法は、レコードなど買わなければ、ラジオからのテープへの録音だった。
  • そして、それを飛躍的に進化させたものこそ「ラジカセ」、ラジオカセットレコーダーだった。
  • ラジカセの登場に沸く 「ラジカセ」は、1967年(昭和42年)に発売された。
  • それまでは、カセットテープレコーダーにマイクを接続したり、専用のコードをラジオとの間に接続したり、そんな方法で録音をしていた。
  • カセットテープレコーダーにラジオチューナーを入れ込んだ、この新しい音楽機器は、1970年代に入ると商品名を短く読み「ラジカセ」と呼ばれるようになった。
  • 何より、ラジオ番組の録音には"無類の強さ"を発揮した。
  • 1台の機器の中で、ダビング録音という作業が完結するからである。
  • こうしてラジオを録音した 好きな歌や曲を「ラジカセ」でカセットテープに録音する方法。
  • "音楽を持ち出せる"これが可能になったのも「ラジカセ」の魅力であろう。
  • 姿を消していく「ラジカセ」 やがて、カセットテープが2本入るラジカセが登場し、大きな課題であったテープ編集もできるようになった。

1:

CBC2023/12/05 10:40
https://hicbc.com/magazine/article/?id=news-ronsetsu-post-3541

音楽配信のサブスクリプションなどなかった昭和の時代、好きな曲を自分で何度も楽しむ方法は、レコードなど買わなければ、ラジオからのテープへの録音だった。そして、それを飛躍的に進化させたものこそ「ラジカセ」、ラジオカセットレコーダーだった。

ラジカセの登場に沸く
「ラジカセ」は、1967年(昭和42年)に発売された。それまでは、カセットテープレコーダーにマイクを接続したり、専用のコードをラジオとの間に接続したり、そんな方法で録音をしていた。カセットテープレコーダーにラジオチューナーを入れ込んだ、この新しい音楽機器は、1970年代に入ると商品名を短く読み「ラジカセ」と呼ばれるようになった。何より、ラジオ番組の録音には"無類の強さ"を発揮した。1台の機器の中で、ダビング録音という作業が完結するからである。

こうしてラジオを録音した
好きな歌や曲を「ラジカセ」でカセットテープに録音する方法。チューニングしてラジオ番組を決める。歌を録音する時は、ベストテンなどの歌番組を選ぶ。その上で、カセットテープの録音を始めたい部分を頭出しして、「一時停止」ボタンを押したまま同時に「録音(REC)」ボタンを押してスタンバイ。ディスクジョッキーの曲紹介が終わった直後に、一時停止を解除すると録音がスタートするという、何とも手の込んだ方法だった。曲が終わると同時に録音をストップする。その途中に、トイレへ行くなど他事をやることはご法度、緊張の時間だった。

録音"四苦八苦"の思い出
当時の「ラジカセ」での録音では、もちろん編集はできない。残したい曲は、録音した順のままである。時おり、ディスクジョッキーの曲紹介がイントロにかかる場合があったが、これは悲しい瞬間だった。さらに、曲がフルコーラスではなく途中で終わる時もあった。せっかくの"緊張の作業"がうまくいかないことも度々あった。さらに厄介だったのは、テープの録音可能な残り時間が分からないことだった。60分テープは片面30分、90分テープは片面45分、曲の録音途中でテープ切れを避けるため、目分量でテープをチェックしたが、たまに見誤ることがある。それを回避しようと、テープを"カラ再生"して、残り時間をリアルに計ったこともあった。今ふり返れば、こうしたアナログ録音作業に、真剣に取り組んでいたものだ。

音楽を"持ち運べる"魅力
アンプもスピーカーも付いていて、コンパクトだが本格的な音響機器である「ラジカセ」。もうひとつの大きな魅力は、持ち運びが可能だったことだ。片手で持てるように、取っ手も付いていた。乾電池で動かせるため、野外のレジャーや旅行にも持参できた。列車の窓枠にラジカセを乗せて、音楽を楽しみながら旅をする若者たちの姿もよく見かけたものだ。レコードプレーヤーは大きすぎる上、電源が必要であり、持ち運びは困難だった。"音楽を持ち出せる"これが可能になったのも「ラジカセ」の魅力であろう。

姿を消していく「ラジカセ」
やがて、カセットテープが2本入るラジカセが登場し、大きな課題であったテープ編集もできるようになった。1980年代後半には、カセットテープの代わりにCDプレーヤーとラジオを組み合わせた「CDラジカセ」が登場し、MDも組み込まれたが、同時にコンパクトさがなくなっていき、次第に人気は薄れていった。やがて音楽も、CDなどではなく、配信が主流になっていき、わざわざ機器を用意するまでもなく、携帯電話で"配信される"曲を楽しむ時代になった。

1970年代のニッポンで、音楽史をハード面で支えてきた「ラジカセ」。いつのまにか、レトロブームの中で「こんなものあったね」と、懐かしがられる存在となった。しかし、ラジオから流れてくる、ひとつの歌、ひとつの曲を手元に残すために、あれほど一心不乱に集中した時代は愛おしい。それはまぎれもなく、全力で音楽というものと向かい合った日々だった。

※以下引用先で           

300:

>>1 CBC2023/12/05 10:40
https://hicbc.com/magazine/article/?id=news-ronsetsu-post-3541

音楽配信のサブスクリプションなどなかった昭和の時代、好きな曲を自分で何度も楽しむ方法は、レコードなど買わなければ、ラジオからのテープへの録音だった。そして、それを飛躍的に進化させたものこそ「ラジカセ」、ラジオカセットレコーダーだった。

ラジカセの登場に沸く
「ラジカセ」は、1967年(昭和42年)に発売された。それまでは、カセットテープレコーダーにマイクを接続したり、専用のコードをラジオとの間に接続したり、そんな方法で録音をしていた。カセットテープレコーダーにラジオチューナーを入れ込んだ、この新しい音楽機器は、1970年代に入ると商品名を短く読み「ラジカセ」と呼ばれるようになった。何より、ラジオ番組の録音には"無類の強さ"を発揮した。1台の機器の中で、ダビング録音という作業が完結するからである。

こうしてラジオを録音した
好きな歌や曲を「ラジカセ」でカセットテープに録音する方法。チューニングしてラジオ番組を決める。歌を録音する時は、ベストテンなどの歌番組を選ぶ。その上で、カセットテープの録音を始めたい部分を頭出しして、「一時停止」ボタンを押したまま同時に「録音(REC)」ボタンを押してスタンバイ。ディスクジョッキーの曲紹介が終わった直後に、一時停止を解除すると録音がスタートするという、何とも手の込んだ方法だった。曲が終わると同時に録音をストップする。その途中に、トイレへ行くなど他事をやることはご法度、緊張の時間だった。

録音"四苦八苦"の思い出
当時の「ラジカセ」での録音では、もちろん編集はできない。残したい曲は、録音した順のままである。時おり、ディスクジョッキーの曲紹介がイントロにかかる場合があったが、これは悲しい瞬間だった。さらに、曲がフルコーラスではなく途中で終わる時もあった。せっかくの"緊張の作業"がうまくいかないことも度々あった。さらに厄介だったのは、テープの録音可能な残り時間が分からないことだった。60分テープは片面30分、90分テープは片面45分、曲の録音途中でテープ切れを避けるため、目分量でテープをチェックしたが、たまに見誤ることがある。それを回避しようと、テープを"カラ再生"して、残り時間をリアルに計ったこともあった。今ふり返れば、こうしたアナログ録音作業に、真剣に取り組んでいたものだ。

音楽を"持ち運べる"魅力
アンプもスピーカーも付いていて、コンパクトだが本格的な音響機器である「ラジカセ」。もうひとつの大きな魅力は、持ち運びが可能だったことだ。片手で持てるように、取っ手も付いていた。乾電池で動かせるため、野外のレジャーや旅行にも持参できた。列車の窓枠にラジカセを乗せて、音楽を楽しみながら旅をする若者たちの姿もよく見かけたものだ。レコードプレーヤーは大きすぎる上、電源が必要であり、持ち運びは困難だった。"音楽を持ち出せる"これが可能になったのも「ラジカセ」の魅力であろう。

姿を消していく「ラジカセ」
やがて、カセットテープが2本入るラジカセが登場し、大きな課題であったテープ編集もできるようになった。1980年代後半には、カセットテープの代わりにCDプレーヤーとラジオを組み合わせた「CDラジカセ」が登場し、MDも組み込まれたが、同時にコンパクトさがなくなっていき、次第に人気は薄れていった。やがて音楽も、CDなどではなく、配信が主流になっていき、わざわざ機器を用意するまでもなく、携帯電話で"配信される"曲を楽しむ時代になった。

1970年代のニッポンで、音楽史をハード面で支えてきた「ラジカセ」。いつのまにか、レトロブームの中で「こんなものあったね」と、懐かしがられる存在となった。しかし、ラジオから流れてくる、ひとつの歌、ひとつの曲を手元に残すために、あれほど一心不乱に集中した時代は愛おしい。それはまぎれもなく、全力で音楽というものと向かい合った日々だった。

※以下引用先で           


ウォークマンの登場も入れないと

607:

>>1 CBC2023/12/05 10:40
https://hicbc.com/magazine/article/?id=news-ronsetsu-post-3541

音楽配信のサブスクリプションなどなかった昭和の時代、好きな曲を自分で何度も楽しむ方法は、レコードなど買わなければ、ラジオからのテープへの録音だった。そして、それを飛躍的に進化させたものこそ「ラジカセ」、ラジオカセットレコーダーだった。

ラジカセの登場に沸く
「ラジカセ」は、1967年(昭和42年)に発売された。それまでは、カセットテープレコーダーにマイクを接続したり、専用のコードをラジオとの間に接続したり、そんな方法で録音をしていた。カセットテープレコーダーにラジオチューナーを入れ込んだ、この新しい音楽機器は、1970年代に入ると商品名を短く読み「ラジカセ」と呼ばれるようになった。何より、ラジオ番組の録音には"無類の強さ"を発揮した。1台の機器の中で、ダビング録音という作業が完結するからである。

こうしてラジオを録音した
好きな歌や曲を「ラジカセ」でカセットテープに録音する方法。チューニングしてラジオ番組を決める。歌を録音する時は、ベストテンなどの歌番組を選ぶ。その上で、カセットテープの録音を始めたい部分を頭出しして、「一時停止」ボタンを押したまま同時に「録音(REC)」ボタンを押してスタンバイ。ディスクジョッキーの曲紹介が終わった直後に、一時停止を解除すると録音がスタートするという、何とも手の込んだ方法だった。曲が終わると同時に録音をストップする。その途中に、トイレへ行くなど他事をやることはご法度、緊張の時間だった。

録音"四苦八苦"の思い出
当時の「ラジカセ」での録音では、もちろん編集はできない。残したい曲は、録音した順のままである。時おり、ディスクジョッキーの曲紹介がイントロにかかる場合があったが、これは悲しい瞬間だった。さらに、曲がフルコーラスではなく途中で終わる時もあった。せっかくの"緊張の作業"がうまくいかないことも度々あった。さらに厄介だったのは、テープの録音可能な残り時間が分からないことだった。60分テープは片面30分、90分テープは片面45分、曲の録音途中でテープ切れを避けるため、目分量でテープをチェックしたが、たまに見誤ることがある。それを回避しようと、テープを"カラ再生"して、残り時間をリアルに計ったこともあった。今ふり返れば、こうしたアナログ録音作業に、真剣に取り組んでいたものだ。

音楽を"持ち運べる"魅力
アンプもスピーカーも付いていて、コンパクトだが本格的な音響機器である「ラジカセ」。もうひとつの大きな魅力は、持ち運びが可能だったことだ。片手で持てるように、取っ手も付いていた。乾電池で動かせるため、野外のレジャーや旅行にも持参できた。列車の窓枠にラジカセを乗せて、音楽を楽しみながら旅をする若者たちの姿もよく見かけたものだ。レコードプレーヤーは大きすぎる上、電源が必要であり、持ち運びは困難だった。"音楽を持ち出せる"これが可能になったのも「ラジカセ」の魅力であろう。

姿を消していく「ラジカセ」
やがて、カセットテープが2本入るラジカセが登場し、大きな課題であったテープ編集もできるようになった。1980年代後半には、カセットテープの代わりにCDプレーヤーとラジオを組み合わせた「CDラジカセ」が登場し、MDも組み込まれたが、同時にコンパクトさがなくなっていき、次第に人気は薄れていった。やがて音楽も、CDなどではなく、配信が主流になっていき、わざわざ機器を用意するまでもなく、携帯電話で"配信される"曲を楽しむ時代になった。

1970年代のニッポンで、音楽史をハード面で支えてきた「ラジカセ」。いつのまにか、レトロブームの中で「こんなものあったね」と、懐かしがられる存在となった。しかし、ラジオから流れてくる、ひとつの歌、ひとつの曲を手元に残すために、あれほど一心不乱に集中した時代は愛おしい。それはまぎれもなく、全力で音楽というものと向かい合った日々だった。

※以下引用先で           

の録音の仕方はラジオ大阪の全日本歌謡選抜でやってた
イントロは曲紹介が入るんだけどそれでも新曲がフルで録れるからな

609:

>>1 CBC2023/12/05 10:40
https://hicbc.com/magazine/article/?id=news-ronsetsu-post-3541

音楽配信のサブスクリプションなどなかった昭和の時代、好きな曲を自分で何度も楽しむ方法は、レコードなど買わなければ、ラジオからのテープへの録音だった。そして、それを飛躍的に進化させたものこそ「ラジカセ」、ラジオカセットレコーダーだった。

ラジカセの登場に沸く
「ラジカセ」は、1967年(昭和42年)に発売された。それまでは、カセットテープレコーダーにマイクを接続したり、専用のコードをラジオとの間に接続したり、そんな方法で録音をしていた。カセットテープレコーダーにラジオチューナーを入れ込んだ、この新しい音楽機器は、1970年代に入ると商品名を短く読み「ラジカセ」と呼ばれるようになった。何より、ラジオ番組の録音には"無類の強さ"を発揮した。1台の機器の中で、ダビング録音という作業が完結するからである。

こうしてラジオを録音した
好きな歌や曲を「ラジカセ」でカセットテープに録音する方法。チューニングしてラジオ番組を決める。歌を録音する時は、ベストテンなどの歌番組を選ぶ。その上で、カセットテープの録音を始めたい部分を頭出しして、「一時停止」ボタンを押したまま同時に「録音(REC)」ボタンを押してスタンバイ。ディスクジョッキーの曲紹介が終わった直後に、一時停止を解除すると録音がスタートするという、何とも手の込んだ方法だった。曲が終わると同時に録音をストップする。その途中に、トイレへ行くなど他事をやることはご法度、緊張の時間だった。

録音"四苦八苦"の思い出
当時の「ラジカセ」での録音では、もちろん編集はできない。残したい曲は、録音した順のままである。時おり、ディスクジョッキーの曲紹介がイントロにかかる場合があったが、これは悲しい瞬間だった。さらに、曲がフルコーラスではなく途中で終わる時もあった。せっかくの"緊張の作業"がうまくいかないことも度々あった。さらに厄介だったのは、テープの録音可能な残り時間が分からないことだった。60分テープは片面30分、90分テープは片面45分、曲の録音途中でテープ切れを避けるため、目分量でテープをチェックしたが、たまに見誤ることがある。それを回避しようと、テープを"カラ再生"して、残り時間をリアルに計ったこともあった。今ふり返れば、こうしたアナログ録音作業に、真剣に取り組んでいたものだ。

音楽を"持ち運べる"魅力
アンプもスピーカーも付いていて、コンパクトだが本格的な音響機器である「ラジカセ」。もうひとつの大きな魅力は、持ち運びが可能だったことだ。片手で持てるように、取っ手も付いていた。乾電池で動かせるため、野外のレジャーや旅行にも持参できた。列車の窓枠にラジカセを乗せて、音楽を楽しみながら旅をする若者たちの姿もよく見かけたものだ。レコードプレーヤーは大きすぎる上、電源が必要であり、持ち運びは困難だった。"音楽を持ち出せる"これが可能になったのも「ラジカセ」の魅力であろう。

姿を消していく「ラジカセ」
やがて、カセットテープが2本入るラジカセが登場し、大きな課題であったテープ編集もできるようになった。1980年代後半には、カセットテープの代わりにCDプレーヤーとラジオを組み合わせた「CDラジカセ」が登場し、MDも組み込まれたが、同時にコンパクトさがなくなっていき、次第に人気は薄れていった。やがて音楽も、CDなどではなく、配信が主流になっていき、わざわざ機器を用意するまでもなく、携帯電話で"配信される"曲を楽しむ時代になった。

1970年代のニッポンで、音楽史をハード面で支えてきた「ラジカセ」。いつのまにか、レトロブームの中で「こんなものあったね」と、懐かしがられる存在となった。しかし、ラジオから流れてくる、ひとつの歌、ひとつの曲を手元に残すために、あれほど一心不乱に集中した時代は愛おしい。それはまぎれもなく、全力で音楽というものと向かい合った日々だった。

※以下引用先で           


ラジカセ+ギター+鼻歌で曲は作れるけど、ポータブルマルチトラックデジタルレコーダーとかだと触る気にもならないのはなぜ

(`・ω・´)σ꜆꜄꜆ 他のコメント

111:

カセットだと綺麗にA面B面に分けれない事が多く曲順変えたり
カセットをバラシてテープを短く切ったりしてたから、MDが出た時はメチャクチャ嬉しくて
コンポに追加したりカーステもMDにしたのに、すぐ廃れたよな
CDに焼くより楽でコンパクトだと思ったんだけどな

130:

頭出し用に無音状態を数秒入れてエアチェック。機能がないやつはカウンター数をテープのレーベル?に書き込んで
早回し巻き戻しの時の数字のタイミングで止めてた。あと、LINEといえばアプリより未だにLINE端子がなじみ深いw

168:

最初に買ってもらったのは
中学入学祝いのサンヨのテレコ
赤いダックスフントのやつあれは宝物だった
衝撃を受けたのはコンポでCDをダビングするのに
テープ長を入力するとCDの曲を入れ替えて
A面B面割り振ってくれる奴
アレは画期的だったああいう驚きが最近は無いな

173:

40年前に出たサンヨーCDダブルラジカセ
デザインが流線型でかっこよくて買った
今も現役です。今ほとんどラジオ専用だが
昔は自分で曲演奏して多重録音とかやった

217:

電気屋に展示されているダブルカセットのラジカセでゲームをコピーして
同じく展示されていたパソコンで遊んでた
子供がやることとはいえ今考えると酷いと思う

224:

オープンリールでしかできなかった楽曲制作が卓録できるようになったのがTEAC4トラックレコーダー。
DTMができるようになった。20万以上したと思うけどバンドの楽曲制作してたわ
4TRでドラム録音して2TRにまとめてギター、ベース、キーボード、ボーカルと纏めていくうちにどんどん音質が劣化していく
デジタルじゃない達成感があったな

228:

>>224 オープンリールでしかできなかった楽曲制作が卓録できるようになったのがTEAC4トラックレコーダー。
DTMができるようになった。20万以上したと思うけどバンドの楽曲制作してたわ
4TRでドラム録音して2TRにまとめてギター、ベース、キーボード、ボーカルと纏めていくうちにどんどん音質が劣化していく
デジタルじゃない達成感があったな


その気になればサージェントペパーズ作れるな

272:

カセットテープの方はなんとかなったけど
歌詞がわからなくてなあ
特に困ったのはチェッカーズ
聞こえた範囲で紙に書いたら
同級生の、チェッカーズファンの女の子に
すげえバカにされた

287:

>>272 カセットテープの方はなんとかなったけど
歌詞がわからなくてなあ
特に困ったのはチェッカーズ
聞こえた範囲で紙に書いたら
同級生の、チェッカーズファンの女の子に
すげえバカにされた


明星とか平凡の付録にヒットチャート曲の楽譜歌詞本があったのに、わざわざヒアリングして書き出してたの?

293:

お気に入りの曲を録音するためにメタルテープを買ったがラジカセがノーマルしか対応してないことに気付いた時のガッカリ感

295:

自分はハイポジ(TDKのSAやマクセルのUDII)をドルビーCで録音してたから、今の機器だと再生難しいな。
昔のウォークマンまだ動くかな?ベルトが劣化してなければいけそうだけど。

313:

ラジカセ買ってはじめは空気録音でテレビのタッチの曲を録音したら
母親の包丁の音も録音されていてショックだったな
その後テレビチューナーも付いてたからそこからも
録音できる事に気づいて取り直した

336:

初めてラジカセ買ってもらった時の感動ど、宝物のように扱ってたことは忘れられないけど、高校生になって高中正義が宣伝してたステレオセット一式をバイトで買って、その後はラゼカセをぞんざいに(笑)扱ってしまったのは切ない思い出。

353:

自分が初めて買ってもらったラジカセは日立かサンヨーのもので
ラジカセ自体はスピーカーが一つだけのモノラルなんだけど
テープの右トラックと左トラックに別々に録画できるって変わったものだった

片方のトラックに歌だけが入ってて片方のトラックは伴奏だけって変なデモテープも付いてた
その頃は音楽テープはみんなそういうものだと思ってた

362:

>>353 自分が初めて買ってもらったラジカセは日立かサンヨーのもので
ラジカセ自体はスピーカーが一つだけのモノラルなんだけど
テープの右トラックと左トラックに別々に録画できるって変わったものだった

片方のトラックに歌だけが入ってて片方のトラックは伴奏だけって変なデモテープも付いてた
その頃は音楽テープはみんなそういうものだと思ってた


デモ音楽入りカセットテープが強制的に附属されていてそのテープの価格がカタログに記載されていたね
要らないからその分安くしろと思っていた

481:

①テーマに沿った好きな曲を、長さと共に書き出す
②気持ちいい曲順に並べる
③A面B面の長さに合うか確認→極力、無音の時間が短くなるよう順序を入れ替える
(このときも、不自然な曲順にならないように)
④メーカー・商品によって片面の余白の長さが異なるため、それも考慮
⑤いざ録音
(アウトロで音が切れたり、あまりに無音の時間が長い場合は、③から再考)

531:

小学生の頃に親に買ってもらったのが
パイオニアのプライベート
その頃はミニコンポじゃなくてガラスのキャビネットに入ってる奴で
応接間に置かれてたな
自分の部屋に置くようになったのはドデカホーンCD
音は悪くなったけど自分の部屋で音楽聞けるのが嬉しかったな
その後はTEAC単品コンポのカセットデッキ
2ヘッドでオートリバース録音ができる中々機能的な製品だったな
引用元: https://hayabusa3.2ch.sc/test/read.cgi/mnewsplus/1701752881

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