小野伸二が明かしていた現役生活の悔恨「レアルやバルサでやりたかった」 輝かしい実績と苦悩した大怪我 - 芸能人
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小野伸二が明かしていた現役生活の悔恨「レアルやバルサでやりたかった」 輝かしい実績と苦悩した大怪我

2023/12/02
芸能人 0
  • 北海道コンサドーレ札幌の元日本代表MF小野伸二は12月3日のJ1リーグ最終節、古巣の浦和レッズ戦を最後に現役を引退する。
  • 44歳の天才MFが迎えるラストマッチに向け、「FOOTBALL ZONE」では「小野伸二特集」を展開する。
  • 今回は、(取材・文=元川悦子) ◇◇◇ ヴィッセル神戸のJ1初制覇が決まり、J2降格の1枠も横浜FCにほぼ確定した2023年J1。
  • 12月3日の最終節の注目は、26年という長い長いプロキャリアにピリオドを打つ小野伸二の現役ラストマッチだろう。
  • コンサドーレが本拠地・札幌ドームで迎え撃つ相手は小野が98年にJリーガーの第1歩を踏み出した浦和レッズ。
  • まさに因縁めいたマッチメイクだと言うしかない。
  • その一挙手一投足に度肝を抜かれた1人が日本代表の岡田武史監督(現JFA副会長)だ。
  • この2か月後には小野を日本初参戦の98年フランス・ワールドカップ(W杯)メンバーに抜擢。
  • すでにグループステージ敗退が決まってはいたものの、第3戦のジャマイカ戦後半に思い切って彼を投入。
  • 18歳のW杯出場というのは、バルセロナで少年時代を過ごした久保建英(レアル・ソシエダ)にも果たせなかった快挙だ。

1:

 北海道コンサドーレ札幌の元日本代表MF小野伸二は12月3日のJ1リーグ最終節、古巣の浦和レッズ戦を最後に現役を引退する。44歳の天才MFが迎えるラストマッチに向け、「FOOTBALL ZONE」では「小野伸二特集」を展開する。今回は、(取材・文=元川悦子)


   ◇   ◇   ◇

 ヴィッセル神戸のJ1初制覇が決まり、J2降格の1枠も横浜FCにほぼ確定した2023年J1。12月3日の最終節の注目は、26年という長い長いプロキャリアにピリオドを打つ小野伸二の現役ラストマッチだろう。

 コンサドーレが本拠地・札幌ドームで迎え撃つ相手は小野が98年にJリーガーの第1歩を踏み出した浦和レッズ。まさに因縁めいたマッチメイクだと言うしかない。

 遡ること26年前の98年。清水商業高校(現清水桜が丘高校)から鳴り物入りでプロ入りした小野は開幕からスタメンを奪取。華麗なテクニックと創造性溢れるプレーで見る者を魅了した。

 その一挙手一投足に度肝を抜かれた1人が日本代表の岡田武史監督(現JFA副会長)だ。非凡な才能を持つ若い世代に注目していた指揮官は小野と17歳だった市川大祐(清水エスパルストップコーチ)を同年4月の日韓戦(ソウル)でいきなり代表デビューさせる大胆起用に打って出た。

 この2か月後には小野を日本初参戦の98年フランス・ワールドカップ(W杯)メンバーに抜擢。すでにグループステージ敗退が決まってはいたものの、第3戦のジャマイカ戦後半に思い切って彼を投入。18歳の若武者は物怖じすることなくピッチに立ち、巧みな股抜きからシュートを放つ。このワンプレーに類まれなセンスが凝縮されていたと言っていい。

 18歳のW杯出場というのは、バルセロナで少年時代を過ごした久保建英(レアル・ソシエダ)にも果たせなかった快挙だ。小野の場合はそれだけではない。年代別の世界大会も総なめにし、そこで結果を残しているのだ。

 手始めはフランスW杯前に95年U-17W杯(エクアドル)だ。同大会は8強止まりだったが、99年ワールドユース(現U-20W杯=ナイジェリア)では準優勝の快挙を達成。本山雅志(鹿島アントラーズアカデミースカウト)とともにベストイレブンに名を連ねた。小野はシャビ(バルセロナ監督)とともに大会の看板スターと位置づけられ、世界中から脚光を浴びることになったのだ。あれから20年以上が経過し、日本の育成年代が力をつけたとはいえ、99年を超えるチームは出ていない。この時のキャプテン・小野の存在感は圧倒的だった。

 その後、2000年シドニー五輪こそ、99年7月の五輪1次予選のヒザの大ケガの影響で選外になったものの、2002年日韓、2006年ドイツW杯、オーバーエイジ枠で参戦した2004年アテネ五輪と、FIFA主催全大会をフルカバーし、しかも複数回出するという凄まじい実績を残したのである。

 U-17、U-20、五輪、W杯の出場を果たしたという意味では中田英寿や宮本恒靖(JFA専務理事)、小野と同じ黄金世代の高原直泰(沖縄SV代表・監督)、稲本潤一(南葛SC)、現代表の久保なども含まれるが、小野の場合はUEFA主催全大会(当時なかったUEFAカンファレンスリーグを除く)出場、タイトル獲得という金字塔も加わる。それは特筆すべき点だろう。

全文は↓から読めます
https://news.yahoo.co.jp/articles/b5667ac5b13615459cc19e2495e61c3e6da2f6b1

66:

>>1  北海道コンサドーレ札幌の元日本代表MF小野伸二は12月3日のJ1リーグ最終節、古巣の浦和レッズ戦を最後に現役を引退する。44歳の天才MFが迎えるラストマッチに向け、「FOOTBALL ZONE」では「小野伸二特集」を展開する。今回は、(取材・文=元川悦子)


   ◇   ◇   ◇

 ヴィッセル神戸のJ1初制覇が決まり、J2降格の1枠も横浜FCにほぼ確定した2023年J1。12月3日の最終節の注目は、26年という長い長いプロキャリアにピリオドを打つ小野伸二の現役ラストマッチだろう。

 コンサドーレが本拠地・札幌ドームで迎え撃つ相手は小野が98年にJリーガーの第1歩を踏み出した浦和レッズ。まさに因縁めいたマッチメイクだと言うしかない。

 遡ること26年前の98年。清水商業高校(現清水桜が丘高校)から鳴り物入りでプロ入りした小野は開幕からスタメンを奪取。華麗なテクニックと創造性溢れるプレーで見る者を魅了した。

 その一挙手一投足に度肝を抜かれた1人が日本代表の岡田武史監督(現JFA副会長)だ。非凡な才能を持つ若い世代に注目していた指揮官は小野と17歳だった市川大祐(清水エスパルストップコーチ)を同年4月の日韓戦(ソウル)でいきなり代表デビューさせる大胆起用に打って出た。

 この2か月後には小野を日本初参戦の98年フランス・ワールドカップ(W杯)メンバーに抜擢。すでにグループステージ敗退が決まってはいたものの、第3戦のジャマイカ戦後半に思い切って彼を投入。18歳の若武者は物怖じすることなくピッチに立ち、巧みな股抜きからシュートを放つ。このワンプレーに類まれなセンスが凝縮されていたと言っていい。

 18歳のW杯出場というのは、バルセロナで少年時代を過ごした久保建英(レアル・ソシエダ)にも果たせなかった快挙だ。小野の場合はそれだけではない。年代別の世界大会も総なめにし、そこで結果を残しているのだ。

 手始めはフランスW杯前に95年U-17W杯(エクアドル)だ。同大会は8強止まりだったが、99年ワールドユース(現U-20W杯=ナイジェリア)では準優勝の快挙を達成。本山雅志(鹿島アントラーズアカデミースカウト)とともにベストイレブンに名を連ねた。小野はシャビ(バルセロナ監督)とともに大会の看板スターと位置づけられ、世界中から脚光を浴びることになったのだ。あれから20年以上が経過し、日本の育成年代が力をつけたとはいえ、99年を超えるチームは出ていない。この時のキャプテン・小野の存在感は圧倒的だった。

 その後、2000年シドニー五輪こそ、99年7月の五輪1次予選のヒザの大ケガの影響で選外になったものの、2002年日韓、2006年ドイツW杯、オーバーエイジ枠で参戦した2004年アテネ五輪と、FIFA主催全大会をフルカバーし、しかも複数回出するという凄まじい実績を残したのである。

 U-17、U-20、五輪、W杯の出場を果たしたという意味では中田英寿や宮本恒靖(JFA専務理事)、小野と同じ黄金世代の高原直泰(沖縄SV代表・監督)、稲本潤一(南葛SC)、現代表の久保なども含まれるが、小野の場合はUEFA主催全大会(当時なかったUEFAカンファレンスリーグを除く)出場、タイトル獲得という金字塔も加わる。それは特筆すべき点だろう。

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フェイエノールトからステップアップ出来ない程度の実力で何言ってんのww

148:

>>1  北海道コンサドーレ札幌の元日本代表MF小野伸二は12月3日のJ1リーグ最終節、古巣の浦和レッズ戦を最後に現役を引退する。44歳の天才MFが迎えるラストマッチに向け、「FOOTBALL ZONE」では「小野伸二特集」を展開する。今回は、(取材・文=元川悦子)


   ◇   ◇   ◇

 ヴィッセル神戸のJ1初制覇が決まり、J2降格の1枠も横浜FCにほぼ確定した2023年J1。12月3日の最終節の注目は、26年という長い長いプロキャリアにピリオドを打つ小野伸二の現役ラストマッチだろう。

 コンサドーレが本拠地・札幌ドームで迎え撃つ相手は小野が98年にJリーガーの第1歩を踏み出した浦和レッズ。まさに因縁めいたマッチメイクだと言うしかない。

 遡ること26年前の98年。清水商業高校(現清水桜が丘高校)から鳴り物入りでプロ入りした小野は開幕からスタメンを奪取。華麗なテクニックと創造性溢れるプレーで見る者を魅了した。

 その一挙手一投足に度肝を抜かれた1人が日本代表の岡田武史監督(現JFA副会長)だ。非凡な才能を持つ若い世代に注目していた指揮官は小野と17歳だった市川大祐(清水エスパルストップコーチ)を同年4月の日韓戦(ソウル)でいきなり代表デビューさせる大胆起用に打って出た。

 この2か月後には小野を日本初参戦の98年フランス・ワールドカップ(W杯)メンバーに抜擢。すでにグループステージ敗退が決まってはいたものの、第3戦のジャマイカ戦後半に思い切って彼を投入。18歳の若武者は物怖じすることなくピッチに立ち、巧みな股抜きからシュートを放つ。このワンプレーに類まれなセンスが凝縮されていたと言っていい。

 18歳のW杯出場というのは、バルセロナで少年時代を過ごした久保建英(レアル・ソシエダ)にも果たせなかった快挙だ。小野の場合はそれだけではない。年代別の世界大会も総なめにし、そこで結果を残しているのだ。

 手始めはフランスW杯前に95年U-17W杯(エクアドル)だ。同大会は8強止まりだったが、99年ワールドユース(現U-20W杯=ナイジェリア)では準優勝の快挙を達成。本山雅志(鹿島アントラーズアカデミースカウト)とともにベストイレブンに名を連ねた。小野はシャビ(バルセロナ監督)とともに大会の看板スターと位置づけられ、世界中から脚光を浴びることになったのだ。あれから20年以上が経過し、日本の育成年代が力をつけたとはいえ、99年を超えるチームは出ていない。この時のキャプテン・小野の存在感は圧倒的だった。

 その後、2000年シドニー五輪こそ、99年7月の五輪1次予選のヒザの大ケガの影響で選外になったものの、2002年日韓、2006年ドイツW杯、オーバーエイジ枠で参戦した2004年アテネ五輪と、FIFA主催全大会をフルカバーし、しかも複数回出するという凄まじい実績を残したのである。

 U-17、U-20、五輪、W杯の出場を果たしたという意味では中田英寿や宮本恒靖(JFA専務理事)、小野と同じ黄金世代の高原直泰(沖縄SV代表・監督)、稲本潤一(南葛SC)、現代表の久保なども含まれるが、小野の場合はUEFA主催全大会(当時なかったUEFAカンファレンスリーグを除く)出場、タイトル獲得という金字塔も加わる。それは特筆すべき点だろう。

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膝が逆に曲がったんだよね確か

173:

>>1  北海道コンサドーレ札幌の元日本代表MF小野伸二は12月3日のJ1リーグ最終節、古巣の浦和レッズ戦を最後に現役を引退する。44歳の天才MFが迎えるラストマッチに向け、「FOOTBALL ZONE」では「小野伸二特集」を展開する。今回は、(取材・文=元川悦子)


   ◇   ◇   ◇

 ヴィッセル神戸のJ1初制覇が決まり、J2降格の1枠も横浜FCにほぼ確定した2023年J1。12月3日の最終節の注目は、26年という長い長いプロキャリアにピリオドを打つ小野伸二の現役ラストマッチだろう。

 コンサドーレが本拠地・札幌ドームで迎え撃つ相手は小野が98年にJリーガーの第1歩を踏み出した浦和レッズ。まさに因縁めいたマッチメイクだと言うしかない。

 遡ること26年前の98年。清水商業高校(現清水桜が丘高校)から鳴り物入りでプロ入りした小野は開幕からスタメンを奪取。華麗なテクニックと創造性溢れるプレーで見る者を魅了した。

 その一挙手一投足に度肝を抜かれた1人が日本代表の岡田武史監督(現JFA副会長)だ。非凡な才能を持つ若い世代に注目していた指揮官は小野と17歳だった市川大祐(清水エスパルストップコーチ)を同年4月の日韓戦(ソウル)でいきなり代表デビューさせる大胆起用に打って出た。

 この2か月後には小野を日本初参戦の98年フランス・ワールドカップ(W杯)メンバーに抜擢。すでにグループステージ敗退が決まってはいたものの、第3戦のジャマイカ戦後半に思い切って彼を投入。18歳の若武者は物怖じすることなくピッチに立ち、巧みな股抜きからシュートを放つ。このワンプレーに類まれなセンスが凝縮されていたと言っていい。

 18歳のW杯出場というのは、バルセロナで少年時代を過ごした久保建英(レアル・ソシエダ)にも果たせなかった快挙だ。小野の場合はそれだけではない。年代別の世界大会も総なめにし、そこで結果を残しているのだ。

 手始めはフランスW杯前に95年U-17W杯(エクアドル)だ。同大会は8強止まりだったが、99年ワールドユース(現U-20W杯=ナイジェリア)では準優勝の快挙を達成。本山雅志(鹿島アントラーズアカデミースカウト)とともにベストイレブンに名を連ねた。小野はシャビ(バルセロナ監督)とともに大会の看板スターと位置づけられ、世界中から脚光を浴びることになったのだ。あれから20年以上が経過し、日本の育成年代が力をつけたとはいえ、99年を超えるチームは出ていない。この時のキャプテン・小野の存在感は圧倒的だった。

 その後、2000年シドニー五輪こそ、99年7月の五輪1次予選のヒザの大ケガの影響で選外になったものの、2002年日韓、2006年ドイツW杯、オーバーエイジ枠で参戦した2004年アテネ五輪と、FIFA主催全大会をフルカバーし、しかも複数回出するという凄まじい実績を残したのである。

 U-17、U-20、五輪、W杯の出場を果たしたという意味では中田英寿や宮本恒靖(JFA専務理事)、小野と同じ黄金世代の高原直泰(沖縄SV代表・監督)、稲本潤一(南葛SC)、現代表の久保なども含まれるが、小野の場合はUEFA主催全大会(当時なかったUEFAカンファレンスリーグを除く)出場、タイトル獲得という金字塔も加わる。それは特筆すべき点だろう。

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そりゃそうだよね
あのフィリピン人今何してんだろ

241:

>>1  北海道コンサドーレ札幌の元日本代表MF小野伸二は12月3日のJ1リーグ最終節、古巣の浦和レッズ戦を最後に現役を引退する。44歳の天才MFが迎えるラストマッチに向け、「FOOTBALL ZONE」では「小野伸二特集」を展開する。今回は、(取材・文=元川悦子)


   ◇   ◇   ◇

 ヴィッセル神戸のJ1初制覇が決まり、J2降格の1枠も横浜FCにほぼ確定した2023年J1。12月3日の最終節の注目は、26年という長い長いプロキャリアにピリオドを打つ小野伸二の現役ラストマッチだろう。

 コンサドーレが本拠地・札幌ドームで迎え撃つ相手は小野が98年にJリーガーの第1歩を踏み出した浦和レッズ。まさに因縁めいたマッチメイクだと言うしかない。

 遡ること26年前の98年。清水商業高校(現清水桜が丘高校)から鳴り物入りでプロ入りした小野は開幕からスタメンを奪取。華麗なテクニックと創造性溢れるプレーで見る者を魅了した。

 その一挙手一投足に度肝を抜かれた1人が日本代表の岡田武史監督(現JFA副会長)だ。非凡な才能を持つ若い世代に注目していた指揮官は小野と17歳だった市川大祐(清水エスパルストップコーチ)を同年4月の日韓戦(ソウル)でいきなり代表デビューさせる大胆起用に打って出た。

 この2か月後には小野を日本初参戦の98年フランス・ワールドカップ(W杯)メンバーに抜擢。すでにグループステージ敗退が決まってはいたものの、第3戦のジャマイカ戦後半に思い切って彼を投入。18歳の若武者は物怖じすることなくピッチに立ち、巧みな股抜きからシュートを放つ。このワンプレーに類まれなセンスが凝縮されていたと言っていい。

 18歳のW杯出場というのは、バルセロナで少年時代を過ごした久保建英(レアル・ソシエダ)にも果たせなかった快挙だ。小野の場合はそれだけではない。年代別の世界大会も総なめにし、そこで結果を残しているのだ。

 手始めはフランスW杯前に95年U-17W杯(エクアドル)だ。同大会は8強止まりだったが、99年ワールドユース(現U-20W杯=ナイジェリア)では準優勝の快挙を達成。本山雅志(鹿島アントラーズアカデミースカウト)とともにベストイレブンに名を連ねた。小野はシャビ(バルセロナ監督)とともに大会の看板スターと位置づけられ、世界中から脚光を浴びることになったのだ。あれから20年以上が経過し、日本の育成年代が力をつけたとはいえ、99年を超えるチームは出ていない。この時のキャプテン・小野の存在感は圧倒的だった。

 その後、2000年シドニー五輪こそ、99年7月の五輪1次予選のヒザの大ケガの影響で選外になったものの、2002年日韓、2006年ドイツW杯、オーバーエイジ枠で参戦した2004年アテネ五輪と、FIFA主催全大会をフルカバーし、しかも複数回出するという凄まじい実績を残したのである。

 U-17、U-20、五輪、W杯の出場を果たしたという意味では中田英寿や宮本恒靖(JFA専務理事)、小野と同じ黄金世代の高原直泰(沖縄SV代表・監督)、稲本潤一(南葛SC)、現代表の久保なども含まれるが、小野の場合はUEFA主催全大会(当時なかったUEFAカンファレンスリーグを除く)出場、タイトル獲得という金字塔も加わる。それは特筆すべき点だろう。

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久保建英「なんで高校まで日本にいたの?」

450:

>>1  北海道コンサドーレ札幌の元日本代表MF小野伸二は12月3日のJ1リーグ最終節、古巣の浦和レッズ戦を最後に現役を引退する。44歳の天才MFが迎えるラストマッチに向け、「FOOTBALL ZONE」では「小野伸二特集」を展開する。今回は、(取材・文=元川悦子)


   ◇   ◇   ◇

 ヴィッセル神戸のJ1初制覇が決まり、J2降格の1枠も横浜FCにほぼ確定した2023年J1。12月3日の最終節の注目は、26年という長い長いプロキャリアにピリオドを打つ小野伸二の現役ラストマッチだろう。

 コンサドーレが本拠地・札幌ドームで迎え撃つ相手は小野が98年にJリーガーの第1歩を踏み出した浦和レッズ。まさに因縁めいたマッチメイクだと言うしかない。

 遡ること26年前の98年。清水商業高校(現清水桜が丘高校)から鳴り物入りでプロ入りした小野は開幕からスタメンを奪取。華麗なテクニックと創造性溢れるプレーで見る者を魅了した。

 その一挙手一投足に度肝を抜かれた1人が日本代表の岡田武史監督(現JFA副会長)だ。非凡な才能を持つ若い世代に注目していた指揮官は小野と17歳だった市川大祐(清水エスパルストップコーチ)を同年4月の日韓戦(ソウル)でいきなり代表デビューさせる大胆起用に打って出た。

 この2か月後には小野を日本初参戦の98年フランス・ワールドカップ(W杯)メンバーに抜擢。すでにグループステージ敗退が決まってはいたものの、第3戦のジャマイカ戦後半に思い切って彼を投入。18歳の若武者は物怖じすることなくピッチに立ち、巧みな股抜きからシュートを放つ。このワンプレーに類まれなセンスが凝縮されていたと言っていい。

 18歳のW杯出場というのは、バルセロナで少年時代を過ごした久保建英(レアル・ソシエダ)にも果たせなかった快挙だ。小野の場合はそれだけではない。年代別の世界大会も総なめにし、そこで結果を残しているのだ。

 手始めはフランスW杯前に95年U-17W杯(エクアドル)だ。同大会は8強止まりだったが、99年ワールドユース(現U-20W杯=ナイジェリア)では準優勝の快挙を達成。本山雅志(鹿島アントラーズアカデミースカウト)とともにベストイレブンに名を連ねた。小野はシャビ(バルセロナ監督)とともに大会の看板スターと位置づけられ、世界中から脚光を浴びることになったのだ。あれから20年以上が経過し、日本の育成年代が力をつけたとはいえ、99年を超えるチームは出ていない。この時のキャプテン・小野の存在感は圧倒的だった。

 その後、2000年シドニー五輪こそ、99年7月の五輪1次予選のヒザの大ケガの影響で選外になったものの、2002年日韓、2006年ドイツW杯、オーバーエイジ枠で参戦した2004年アテネ五輪と、FIFA主催全大会をフルカバーし、しかも複数回出するという凄まじい実績を残したのである。

 U-17、U-20、五輪、W杯の出場を果たしたという意味では中田英寿や宮本恒靖(JFA専務理事)、小野と同じ黄金世代の高原直泰(沖縄SV代表・監督)、稲本潤一(南葛SC)、現代表の久保なども含まれるが、小野の場合はUEFA主催全大会(当時なかったUEFAカンファレンスリーグを除く)出場、タイトル獲得という金字塔も加わる。それは特筆すべき点だろう。

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> 3戦のジャマイカ戦後半に思い切って彼を投入

ぜんぜん思い切ってねーよバカが

451:

>>450 > 3戦のジャマイカ戦後半に思い切って彼を投入

ぜんぜん思い切ってねーよバカが


まあ、もう敗退決まってるからな

474:

>>451 まあ、もう敗退決まってるからな


W杯メンバーに選んだ理由も岡ちゃん曰く中田の替わりがいなくて、怪我や不調で使えない時の保険的に選んだらしいからな
ただ日韓でトルシエが途中から俊輔や名波より小野を主力にした理由はよりポリバレントで守備も出来るかららしいし、単純な上手さだけの選手ではないのは分かるね

664:

>>1  北海道コンサドーレ札幌の元日本代表MF小野伸二は12月3日のJ1リーグ最終節、古巣の浦和レッズ戦を最後に現役を引退する。44歳の天才MFが迎えるラストマッチに向け、「FOOTBALL ZONE」では「小野伸二特集」を展開する。今回は、(取材・文=元川悦子)


   ◇   ◇   ◇

 ヴィッセル神戸のJ1初制覇が決まり、J2降格の1枠も横浜FCにほぼ確定した2023年J1。12月3日の最終節の注目は、26年という長い長いプロキャリアにピリオドを打つ小野伸二の現役ラストマッチだろう。

 コンサドーレが本拠地・札幌ドームで迎え撃つ相手は小野が98年にJリーガーの第1歩を踏み出した浦和レッズ。まさに因縁めいたマッチメイクだと言うしかない。

 遡ること26年前の98年。清水商業高校(現清水桜が丘高校)から鳴り物入りでプロ入りした小野は開幕からスタメンを奪取。華麗なテクニックと創造性溢れるプレーで見る者を魅了した。

 その一挙手一投足に度肝を抜かれた1人が日本代表の岡田武史監督(現JFA副会長)だ。非凡な才能を持つ若い世代に注目していた指揮官は小野と17歳だった市川大祐(清水エスパルストップコーチ)を同年4月の日韓戦(ソウル)でいきなり代表デビューさせる大胆起用に打って出た。

 この2か月後には小野を日本初参戦の98年フランス・ワールドカップ(W杯)メンバーに抜擢。すでにグループステージ敗退が決まってはいたものの、第3戦のジャマイカ戦後半に思い切って彼を投入。18歳の若武者は物怖じすることなくピッチに立ち、巧みな股抜きからシュートを放つ。このワンプレーに類まれなセンスが凝縮されていたと言っていい。

 18歳のW杯出場というのは、バルセロナで少年時代を過ごした久保建英(レアル・ソシエダ)にも果たせなかった快挙だ。小野の場合はそれだけではない。年代別の世界大会も総なめにし、そこで結果を残しているのだ。

 手始めはフランスW杯前に95年U-17W杯(エクアドル)だ。同大会は8強止まりだったが、99年ワールドユース(現U-20W杯=ナイジェリア)では準優勝の快挙を達成。本山雅志(鹿島アントラーズアカデミースカウト)とともにベストイレブンに名を連ねた。小野はシャビ(バルセロナ監督)とともに大会の看板スターと位置づけられ、世界中から脚光を浴びることになったのだ。あれから20年以上が経過し、日本の育成年代が力をつけたとはいえ、99年を超えるチームは出ていない。この時のキャプテン・小野の存在感は圧倒的だった。

 その後、2000年シドニー五輪こそ、99年7月の五輪1次予選のヒザの大ケガの影響で選外になったものの、2002年日韓、2006年ドイツW杯、オーバーエイジ枠で参戦した2004年アテネ五輪と、FIFA主催全大会をフルカバーし、しかも複数回出するという凄まじい実績を残したのである。

 U-17、U-20、五輪、W杯の出場を果たしたという意味では中田英寿や宮本恒靖(JFA専務理事)、小野と同じ黄金世代の高原直泰(沖縄SV代表・監督)、稲本潤一(南葛SC)、現代表の久保なども含まれるが、小野の場合はUEFA主催全大会(当時なかったUEFAカンファレンスリーグを除く)出場、タイトル獲得という金字塔も加わる。それは特筆すべき点だろう。

全文は↓から読めます
https://news.yahoo.co.jp/articles/b5667ac5b13615459cc19e2495e61c3e6da2f6b1


あの札幌ドーム赤字の戦犯コンサドーレにいるの
うえー

(`・ω・´)σ꜆꜄꜆ 他のコメント

103:

怪我前の10代の小野って中心選手としてワールドユース準優勝でベストイレブンだからな
そんな選手をビッグクラブが獲得しないと思うか?って話
今でも福井太智がバイエルンからオファー来たでしょ。それと同じこと

149:

>>103 怪我前の10代の小野って中心選手としてワールドユース準優勝でベストイレブンだからな
そんな選手をビッグクラブが獲得しないと思うか?って話
今でも福井太智がバイエルンからオファー来たでしょ。それと同じこと


その小野より世界相手にドリブルで通用してた本山も実は惜しい逸材だったな‥
五輪世代まではジョーカー的に重宝されてたが本大会では俊輔や三浦淳居てまともに使われず、日韓では三都主が帰化したりで余り試されずに落選して、ジーコには重宝されたが主力にはなれずにドイツ落選したり、鹿島では長年活躍してたが代表では小野より不遇だったからな

162:

クラブのキャリアハイがフェイエノールト止まりで
ワールドカップは2002の時の左サイドからの1アシストだけっていうのがな
2006なんて中田の陰に隠れてむしろ戦犯扱いだったし
今なら清商からアーセナルなりビッグクラブに行ってたろうに
もう少しどうにかならなかったのか

215:

>>162 クラブのキャリアハイがフェイエノールト止まりで
ワールドカップは2002の時の左サイドからの1アシストだけっていうのがな
2006なんて中田の陰に隠れてむしろ戦犯扱いだったし
今なら清商からアーセナルなりビッグクラブに行ってたろうに
もう少しどうにかならなかったのか


技術は申し分ないが使い所が難しい選手だったからな‥
結果的にはトルシエ時代や清水時代の左のインサイドとかが適任ではあった
守備も中田浩や稲本と組めばカルピンやネドベドとか抑える位に出来てたし、怪我無くオランダ式433のクラブに行ってればもう一皮剥けてたかも

236:

よくわからないけど
あと7~8年生まれるのが早かったらなあ。
和製バルデラマとして世界最高峰の選手として名前を残せた選手と聞いた。

240:

04年アテネ五輪辺りまでが全盛期だと思うがOAで期待されたトップ下でも強豪とはいえアンダー世代のDFにあっさり潰されて、控えの松井の方が通用してたりで合流遅れたといえあの辺から怪しかったからね
当時は長谷部か山瀬でも連れてった方がよっぽど戦力になったと思ったわ

243:

小野世代の五輪、小野がケガ影響で脱落し、中田英不在の中村俊トップ下のブラジル戦
ブラジルの前線のパスがポンポンと面白いように繋がる
しかしそれは今を思えば日本の守備がまだまだ未熟だっただけのこと。

245:

関係者の評価はやたらに高いのに、代表での活躍はパッとしないんだよなあ。記憶に残るのは日韓W杯ベルギー戦の鈴木へのパスぐらい。

248:

>>245 関係者の評価はやたらに高いのに、代表での活躍はパッとしないんだよなあ。記憶に残るのは日韓W杯ベルギー戦の鈴木へのパスぐらい。


イングランド戦とか無双してた

249:

>>245 関係者の評価はやたらに高いのに、代表での活躍はパッとしないんだよなあ。記憶に残るのは日韓W杯ベルギー戦の鈴木へのパスぐらい。


代表で活躍できない1流選手って普通に多いよね。
メッシですら代表ではあまり活躍できなかった。

305:

小野は和製バルデラマ
アスプリージャとリンコンレベルのFWが
当時の日本代表にいたら世界の10番になれてた男

と言ってた。

623:

いつの代表戦か忘れたけど、相手チームの選手2~3人がボールを奪おうと詰めてきたのを踊るように華麗に躱していったシーンが印象に残っている
サッカーの素人目にもこの選手は別格だと分かった
この選手が中心になる頃には日本代表はワンランク強くなってるだろうなと思わせてくれた選手
まあ、その前に壊されちゃったけど

678:

UEFAカップ優勝の年もCLのGS敗退からの救済だからな
ちなみにCLのレベルはフェイエはユーベな子供扱いされる雑魚だったし小野も全然駄目だった
もちろん当時の日本人選手所属によるUEFAカップ優勝が歴史的なものでることには入ろんはないが、その前のCLの戦いぶりを見てないやつが多すぎる

679:

UEFAカップ優勝の年もCLのGS敗退からの救済だからな
ちなみにCLのレベルではフェイエはユーベに子供扱いされる雑魚だったし小野も全然駄目だった
もちろん当時の日本人選手所属によるUEFAカップ優勝が歴史的なものでることには異論はないが、その前のCLの戦いぶりを見てないやつが多すぎる

688:

フェイエノールトで1年目でレギュラーになった時までは期待通りに成長してた
当時のオランダリーグ、フェイエノールトは今より全然レベル高い環境だったから
小野はそこからが全然伸びなかった

694:

ただフェイエノールトの時以外は正直物足りなかった。
浦和在住のレッズサポだったんで、何十年に一人の天才って言われて清商から来たあとも、フェイエノールトから戻って来たあとも…。期待値が高すぎた。

695:

>>694 ただフェイエノールトの時以外は正直物足りなかった。
浦和在住のレッズサポだったんで、何十年に一人の天才って言われて清商から来たあとも、フェイエノールトから戻って来たあとも…。期待値が高すぎた。


ここの動画の浦和デビューイヤー見るととんでもないんだけど
https://hayabusa9.5ch.net/test/read.cgi/mnewsplus/1701455438/

702:

デラペーニャと一緒。
ブラジルロナウドは
ラウルよりイニエスタより凄いと言ってたし、
確かにトリックやパスは最高かもしれないが、
剥がすスピードや戦術能力が無かった。
アヤックスのスカウト→清水商前は世界最高の
サッカー少年だったが浦和入団時にら何の成長もなかったと嘆いていたねは有名。
浦和当時のペギリスタイン→プレッシャーのない練習は世界最高だけど欧州で通用するのは山田ノブ。
オシム→トリックは上手いが、サッカーが上手いのは遠藤。
金子達仁w→

703:

金子達仁→ジーニアスかと思ったら磯貝だった。
80年代初頭までの天才
ベンゲル→練習場では小野も小倉も(当時強かった)ACミランに行ける。プレッシャーのかかる試合では別だが。
引用元: https://hayabusa3.2ch.sc/test/read.cgi/mnewsplus/1701416521

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