山口真由「私はエリート中のエリート」から転落して極貧生活 東大「全優」も財務省では何もできず2年で退職 - 芸能人
げいのうまとめんぬ

山口真由「私はエリート中のエリート」から転落して極貧生活 東大「全優」も財務省では何もできず2年で退職

2023/08/15
芸能人 0
  • 東大を「全優」で卒業、財務省を経て弁護士に。
  • 社会人経験を経て、ハーバード大学留学、東京大学大学院法学政治学研究科博士課程に入学……。
  • 聞けば聞くほど、輝かしいキャリア。
  • そんな山口さんがエッセイ『挫折からのキャリア論』(日経BP社)を発売した。
  • 本書の133ページに書かれていたのは、社会人デビュー後、ポンコツ扱い、落伍者扱いをされていたことなどが赤裸々に綴られている。
  • ここまで露悪的に語る必要があるのだろうか、と思うほど衝撃的な内容だ。
  • 「自分は“エリート中のエリート”というプライドを捨てられなかった」 ――地元の北海道で過ごされていた高校生時代も、成績優秀だったと聞きました。
  • 私は“エリート中のエリートです”という、鎧を着ていました。
  • 自発的に考えて、動くことができなかった山口さんはまったく何もできず、追い込まれていった……というのが退省までの流れですよね。
  • みんな働いてるのに、ひとり1日中スパムメールを眺める日々… ――財務省を辞めたあと、弁護士として6年間勤務されましたが、いかがでしたか? はじめの2年間は、学校での勉強に近いものがあったのでよかったんですよ。

1:

東大を「全優」で卒業、財務省を経て弁護士に。社会人経験を経て、ハーバード大学留学、東京大学大学院法学政治学研究科博士課程に入学……。

聞けば聞くほど、輝かしいキャリア。そんな山口さんがエッセイ『挫折からのキャリア論』(日経BP社)を発売した。本書の133ページに書かれていたのは、社会人デビュー後、ポンコツ扱い、落伍者扱いをされていたことなどが赤裸々に綴られている。

ここまで露悪的に語る必要があるのだろうか、と思うほど衝撃的な内容だ。

「自分は“エリート中のエリート”というプライドを捨てられなかった」
――地元の北海道で過ごされていた高校生時代も、成績優秀だったと聞きました。日々の努力の賜物だったということでしょうか?

振り返ると現代の教育システムが自分に合っていただけなのです。先生(教師)から言われた通り、バカ真面目に予習をして、復習を繰り返す能力に長けていた。そりゃ、勉強は頑張りましたけど、それは他の生徒に負けたくないというだけでした。何かを学ぼうというよりは、闘争心の塊だったと今さらながら思います。

――成績優秀であることがアイデンティティーだったということですか?

そうです。私は“エリート中のエリートです”という、鎧を着ていました。

――その鎧を着たまま、財務省に入省をしたら、誰も学校の勉強のように指導、指示をしてくれなくなった。自発的に考えて、動くことができなかった山口さんはまったく何もできず、追い込まれていった……というのが退省までの流れですよね。

当時、たったの2年間で辞めるというのは異例でしたので、相当、引き留められました。何人も、何人も面談をすることになって……「オイオイ、ラスボスはどこにいるんだ〜(笑)?」と思うほどでした。基本的には定年までの勤務が前提ですから、教育期間中に辞められるのは、上司にとってもそれなりのマイナス、傷だったと思います。

みんな働いてるのに、ひとり1日中スパムメールを眺める日々…

――財務省を辞めたあと、弁護士として6年間勤務されましたが、いかがでしたか?

はじめの2年間は、学校での勉強に近いものがあったのでよかったんですよ。指示があって、完璧に動くことのできる自分がいる。評価もすごく高かった。

それが2年目以降、上司から「自分の意見を言いなさい」「この案件について、あなたはどう思いますか?」と聞かれるようになるんです。

(時間が止まるポーズをしながら)「え? 私の意見なんて要ります? 興味ありますか??」とパニックです。自分の意見なんて持ったことがないですから。

――その近辺から山口さんは、キャパオーバーに近い量の案件を受け出すんですよね。

弁護士事務所は一つでも多くの案件を任されることが、いい評価になるんですよ。だけど、私の場合焦って仕事量を増やすと、唯一の取り柄だったスピードが出せなくなる。睡眠時間が減って、ミスが増えて、また評価も下がっていくという悪循環になって……。評価の場を求めてメディアに出るようになったものの、コンサバな事務所にとってメディア露出はマイナスでしかない。それ以降は、明らかに案件をアサインされなくなってきたんです。

事務所のメンバーが目標に向かって一丸で頑張っている中、私はやることがなかったんです。出社して、朝から晩までスパムメールをチェックして。やることがないって辛いですよ。辛すぎて、悔しくて、帰り道に泣きながら歩いていたら、職質を受ける羽目になったんですけど(笑)。

続きはソースで
https://shueisha.online/culture/153490

前スレ https://hayabusa9.5ch.net/test/read.cgi/mnewsplus/1691982732/

74:

>>1 東大を「全優」で卒業、財務省を経て弁護士に。社会人経験を経て、ハーバード大学留学、東京大学大学院法学政治学研究科博士課程に入学……。

聞けば聞くほど、輝かしいキャリア。そんな山口さんがエッセイ『挫折からのキャリア論』(日経BP社)を発売した。本書の133ページに書かれていたのは、社会人デビュー後、ポンコツ扱い、落伍者扱いをされていたことなどが赤裸々に綴られている。

ここまで露悪的に語る必要があるのだろうか、と思うほど衝撃的な内容だ。

「自分は“エリート中のエリート”というプライドを捨てられなかった」
――地元の北海道で過ごされていた高校生時代も、成績優秀だったと聞きました。日々の努力の賜物だったということでしょうか?

振り返ると現代の教育システムが自分に合っていただけなのです。先生(教師)から言われた通り、バカ真面目に予習をして、復習を繰り返す能力に長けていた。そりゃ、勉強は頑張りましたけど、それは他の生徒に負けたくないというだけでした。何かを学ぼうというよりは、闘争心の塊だったと今さらながら思います。

――成績優秀であることがアイデンティティーだったということですか?

そうです。私は“エリート中のエリートです”という、鎧を着ていました。

――その鎧を着たまま、財務省に入省をしたら、誰も学校の勉強のように指導、指示をしてくれなくなった。自発的に考えて、動くことができなかった山口さんはまったく何もできず、追い込まれていった……というのが退省までの流れですよね。

当時、たったの2年間で辞めるというのは異例でしたので、相当、引き留められました。何人も、何人も面談をすることになって……「オイオイ、ラスボスはどこにいるんだ〜(笑)?」と思うほどでした。基本的には定年までの勤務が前提ですから、教育期間中に辞められるのは、上司にとってもそれなりのマイナス、傷だったと思います。

みんな働いてるのに、ひとり1日中スパムメールを眺める日々…

――財務省を辞めたあと、弁護士として6年間勤務されましたが、いかがでしたか?

はじめの2年間は、学校での勉強に近いものがあったのでよかったんですよ。指示があって、完璧に動くことのできる自分がいる。評価もすごく高かった。

それが2年目以降、上司から「自分の意見を言いなさい」「この案件について、あなたはどう思いますか?」と聞かれるようになるんです。

(時間が止まるポーズをしながら)「え? 私の意見なんて要ります? 興味ありますか??」とパニックです。自分の意見なんて持ったことがないですから。

――その近辺から山口さんは、キャパオーバーに近い量の案件を受け出すんですよね。

弁護士事務所は一つでも多くの案件を任されることが、いい評価になるんですよ。だけど、私の場合焦って仕事量を増やすと、唯一の取り柄だったスピードが出せなくなる。睡眠時間が減って、ミスが増えて、また評価も下がっていくという悪循環になって……。評価の場を求めてメディアに出るようになったものの、コンサバな事務所にとってメディア露出はマイナスでしかない。それ以降は、明らかに案件をアサインされなくなってきたんです。

事務所のメンバーが目標に向かって一丸で頑張っている中、私はやることがなかったんです。出社して、朝から晩までスパムメールをチェックして。やることがないって辛いですよ。辛すぎて、悔しくて、帰り道に泣きながら歩いていたら、職質を受ける羽目になったんですけど(笑)。

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前スレ https://hayabusa9.5ch.net/test/read.cgi/mnewsplus/1691982732/


学業という意味では優秀なんだろう
が、人間としては欠陥だらけやん、アンタ

152:

>>1 東大を「全優」で卒業、財務省を経て弁護士に。社会人経験を経て、ハーバード大学留学、東京大学大学院法学政治学研究科博士課程に入学……。

聞けば聞くほど、輝かしいキャリア。そんな山口さんがエッセイ『挫折からのキャリア論』(日経BP社)を発売した。本書の133ページに書かれていたのは、社会人デビュー後、ポンコツ扱い、落伍者扱いをされていたことなどが赤裸々に綴られている。

ここまで露悪的に語る必要があるのだろうか、と思うほど衝撃的な内容だ。

「自分は“エリート中のエリート”というプライドを捨てられなかった」
――地元の北海道で過ごされていた高校生時代も、成績優秀だったと聞きました。日々の努力の賜物だったということでしょうか?

振り返ると現代の教育システムが自分に合っていただけなのです。先生(教師)から言われた通り、バカ真面目に予習をして、復習を繰り返す能力に長けていた。そりゃ、勉強は頑張りましたけど、それは他の生徒に負けたくないというだけでした。何かを学ぼうというよりは、闘争心の塊だったと今さらながら思います。

――成績優秀であることがアイデンティティーだったということですか?

そうです。私は“エリート中のエリートです”という、鎧を着ていました。

――その鎧を着たまま、財務省に入省をしたら、誰も学校の勉強のように指導、指示をしてくれなくなった。自発的に考えて、動くことができなかった山口さんはまったく何もできず、追い込まれていった……というのが退省までの流れですよね。

当時、たったの2年間で辞めるというのは異例でしたので、相当、引き留められました。何人も、何人も面談をすることになって……「オイオイ、ラスボスはどこにいるんだ〜(笑)?」と思うほどでした。基本的には定年までの勤務が前提ですから、教育期間中に辞められるのは、上司にとってもそれなりのマイナス、傷だったと思います。

みんな働いてるのに、ひとり1日中スパムメールを眺める日々…

――財務省を辞めたあと、弁護士として6年間勤務されましたが、いかがでしたか?

はじめの2年間は、学校での勉強に近いものがあったのでよかったんですよ。指示があって、完璧に動くことのできる自分がいる。評価もすごく高かった。

それが2年目以降、上司から「自分の意見を言いなさい」「この案件について、あなたはどう思いますか?」と聞かれるようになるんです。

(時間が止まるポーズをしながら)「え? 私の意見なんて要ります? 興味ありますか??」とパニックです。自分の意見なんて持ったことがないですから。

――その近辺から山口さんは、キャパオーバーに近い量の案件を受け出すんですよね。

弁護士事務所は一つでも多くの案件を任されることが、いい評価になるんですよ。だけど、私の場合焦って仕事量を増やすと、唯一の取り柄だったスピードが出せなくなる。睡眠時間が減って、ミスが増えて、また評価も下がっていくという悪循環になって……。評価の場を求めてメディアに出るようになったものの、コンサバな事務所にとってメディア露出はマイナスでしかない。それ以降は、明らかに案件をアサインされなくなってきたんです。

事務所のメンバーが目標に向かって一丸で頑張っている中、私はやることがなかったんです。出社して、朝から晩までスパムメールをチェックして。やることがないって辛いですよ。辛すぎて、悔しくて、帰り道に泣きながら歩いていたら、職質を受ける羽目になったんですけど(笑)。

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要するに天才でも何でもない

点才だったって事だね

297:

>>1 東大を「全優」で卒業、財務省を経て弁護士に。社会人経験を経て、ハーバード大学留学、東京大学大学院法学政治学研究科博士課程に入学……。

聞けば聞くほど、輝かしいキャリア。そんな山口さんがエッセイ『挫折からのキャリア論』(日経BP社)を発売した。本書の133ページに書かれていたのは、社会人デビュー後、ポンコツ扱い、落伍者扱いをされていたことなどが赤裸々に綴られている。

ここまで露悪的に語る必要があるのだろうか、と思うほど衝撃的な内容だ。

「自分は“エリート中のエリート”というプライドを捨てられなかった」
――地元の北海道で過ごされていた高校生時代も、成績優秀だったと聞きました。日々の努力の賜物だったということでしょうか?

振り返ると現代の教育システムが自分に合っていただけなのです。先生(教師)から言われた通り、バカ真面目に予習をして、復習を繰り返す能力に長けていた。そりゃ、勉強は頑張りましたけど、それは他の生徒に負けたくないというだけでした。何かを学ぼうというよりは、闘争心の塊だったと今さらながら思います。

――成績優秀であることがアイデンティティーだったということですか?

そうです。私は“エリート中のエリートです”という、鎧を着ていました。

――その鎧を着たまま、財務省に入省をしたら、誰も学校の勉強のように指導、指示をしてくれなくなった。自発的に考えて、動くことができなかった山口さんはまったく何もできず、追い込まれていった……というのが退省までの流れですよね。

当時、たったの2年間で辞めるというのは異例でしたので、相当、引き留められました。何人も、何人も面談をすることになって……「オイオイ、ラスボスはどこにいるんだ〜(笑)?」と思うほどでした。基本的には定年までの勤務が前提ですから、教育期間中に辞められるのは、上司にとってもそれなりのマイナス、傷だったと思います。

みんな働いてるのに、ひとり1日中スパムメールを眺める日々…

――財務省を辞めたあと、弁護士として6年間勤務されましたが、いかがでしたか?

はじめの2年間は、学校での勉強に近いものがあったのでよかったんですよ。指示があって、完璧に動くことのできる自分がいる。評価もすごく高かった。

それが2年目以降、上司から「自分の意見を言いなさい」「この案件について、あなたはどう思いますか?」と聞かれるようになるんです。

(時間が止まるポーズをしながら)「え? 私の意見なんて要ります? 興味ありますか??」とパニックです。自分の意見なんて持ったことがないですから。

――その近辺から山口さんは、キャパオーバーに近い量の案件を受け出すんですよね。

弁護士事務所は一つでも多くの案件を任されることが、いい評価になるんですよ。だけど、私の場合焦って仕事量を増やすと、唯一の取り柄だったスピードが出せなくなる。睡眠時間が減って、ミスが増えて、また評価も下がっていくという悪循環になって……。評価の場を求めてメディアに出るようになったものの、コンサバな事務所にとってメディア露出はマイナスでしかない。それ以降は、明らかに案件をアサインされなくなってきたんです。

事務所のメンバーが目標に向かって一丸で頑張っている中、私はやることがなかったんです。出社して、朝から晩までスパムメールをチェックして。やることがないって辛いですよ。辛すぎて、悔しくて、帰り道に泣きながら歩いていたら、職質を受ける羽目になったんですけど(笑)。

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省内の全容見えて先も見えたら退職でしょ
ゲーノーカイの方が面白そうだしという感じかと

482:

当然の事だけど

>>1 東大を「全優」で卒業、財務省を経て弁護士に。社会人経験を経て、ハーバード大学留学、東京大学大学院法学政治学研究科博士課程に入学……。

聞けば聞くほど、輝かしいキャリア。そんな山口さんがエッセイ『挫折からのキャリア論』(日経BP社)を発売した。本書の133ページに書かれていたのは、社会人デビュー後、ポンコツ扱い、落伍者扱いをされていたことなどが赤裸々に綴られている。

ここまで露悪的に語る必要があるのだろうか、と思うほど衝撃的な内容だ。

「自分は“エリート中のエリート”というプライドを捨てられなかった」
――地元の北海道で過ごされていた高校生時代も、成績優秀だったと聞きました。日々の努力の賜物だったということでしょうか?

振り返ると現代の教育システムが自分に合っていただけなのです。先生(教師)から言われた通り、バカ真面目に予習をして、復習を繰り返す能力に長けていた。そりゃ、勉強は頑張りましたけど、それは他の生徒に負けたくないというだけでした。何かを学ぼうというよりは、闘争心の塊だったと今さらながら思います。

――成績優秀であることがアイデンティティーだったということですか?

そうです。私は“エリート中のエリートです”という、鎧を着ていました。

――その鎧を着たまま、財務省に入省をしたら、誰も学校の勉強のように指導、指示をしてくれなくなった。自発的に考えて、動くことができなかった山口さんはまったく何もできず、追い込まれていった……というのが退省までの流れですよね。

当時、たったの2年間で辞めるというのは異例でしたので、相当、引き留められました。何人も、何人も面談をすることになって……「オイオイ、ラスボスはどこにいるんだ〜(笑)?」と思うほどでした。基本的には定年までの勤務が前提ですから、教育期間中に辞められるのは、上司にとってもそれなりのマイナス、傷だったと思います。

みんな働いてるのに、ひとり1日中スパムメールを眺める日々…

――財務省を辞めたあと、弁護士として6年間勤務されましたが、いかがでしたか?

はじめの2年間は、学校での勉強に近いものがあったのでよかったんですよ。指示があって、完璧に動くことのできる自分がいる。評価もすごく高かった。

それが2年目以降、上司から「自分の意見を言いなさい」「この案件について、あなたはどう思いますか?」と聞かれるようになるんです。

(時間が止まるポーズをしながら)「え? 私の意見なんて要ります? 興味ありますか??」とパニックです。自分の意見なんて持ったことがないですから。

――その近辺から山口さんは、キャパオーバーに近い量の案件を受け出すんですよね。

弁護士事務所は一つでも多くの案件を任されることが、いい評価になるんですよ。だけど、私の場合焦って仕事量を増やすと、唯一の取り柄だったスピードが出せなくなる。睡眠時間が減って、ミスが増えて、また評価も下がっていくという悪循環になって……。評価の場を求めてメディアに出るようになったものの、コンサバな事務所にとってメディア露出はマイナスでしかない。それ以降は、明らかに案件をアサインされなくなってきたんです。

事務所のメンバーが目標に向かって一丸で頑張っている中、私はやることがなかったんです。出社して、朝から晩までスパムメールをチェックして。やることがないって辛いですよ。辛すぎて、悔しくて、帰り道に泣きながら歩いていたら、職質を受ける羽目になったんですけど(笑)。

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読むと勉強して高学歴になりその後フルタイムの仕事する事と若いうちに結婚して子沢山になる事の両立は無理なのがわかる
特に女性
国が豊かで安定するほど少子化するのは必然
エリートを生み出す代償として少子化する

506:

>>1 東大を「全優」で卒業、財務省を経て弁護士に。社会人経験を経て、ハーバード大学留学、東京大学大学院法学政治学研究科博士課程に入学……。

聞けば聞くほど、輝かしいキャリア。そんな山口さんがエッセイ『挫折からのキャリア論』(日経BP社)を発売した。本書の133ページに書かれていたのは、社会人デビュー後、ポンコツ扱い、落伍者扱いをされていたことなどが赤裸々に綴られている。

ここまで露悪的に語る必要があるのだろうか、と思うほど衝撃的な内容だ。

「自分は“エリート中のエリート”というプライドを捨てられなかった」
――地元の北海道で過ごされていた高校生時代も、成績優秀だったと聞きました。日々の努力の賜物だったということでしょうか?

振り返ると現代の教育システムが自分に合っていただけなのです。先生(教師)から言われた通り、バカ真面目に予習をして、復習を繰り返す能力に長けていた。そりゃ、勉強は頑張りましたけど、それは他の生徒に負けたくないというだけでした。何かを学ぼうというよりは、闘争心の塊だったと今さらながら思います。

――成績優秀であることがアイデンティティーだったということですか?

そうです。私は“エリート中のエリートです”という、鎧を着ていました。

――その鎧を着たまま、財務省に入省をしたら、誰も学校の勉強のように指導、指示をしてくれなくなった。自発的に考えて、動くことができなかった山口さんはまったく何もできず、追い込まれていった……というのが退省までの流れですよね。

当時、たったの2年間で辞めるというのは異例でしたので、相当、引き留められました。何人も、何人も面談をすることになって……「オイオイ、ラスボスはどこにいるんだ〜(笑)?」と思うほどでした。基本的には定年までの勤務が前提ですから、教育期間中に辞められるのは、上司にとってもそれなりのマイナス、傷だったと思います。

みんな働いてるのに、ひとり1日中スパムメールを眺める日々…

――財務省を辞めたあと、弁護士として6年間勤務されましたが、いかがでしたか?

はじめの2年間は、学校での勉強に近いものがあったのでよかったんですよ。指示があって、完璧に動くことのできる自分がいる。評価もすごく高かった。

それが2年目以降、上司から「自分の意見を言いなさい」「この案件について、あなたはどう思いますか?」と聞かれるようになるんです。

(時間が止まるポーズをしながら)「え? 私の意見なんて要ります? 興味ありますか??」とパニックです。自分の意見なんて持ったことがないですから。

――その近辺から山口さんは、キャパオーバーに近い量の案件を受け出すんですよね。

弁護士事務所は一つでも多くの案件を任されることが、いい評価になるんですよ。だけど、私の場合焦って仕事量を増やすと、唯一の取り柄だったスピードが出せなくなる。睡眠時間が減って、ミスが増えて、また評価も下がっていくという悪循環になって……。評価の場を求めてメディアに出るようになったものの、コンサバな事務所にとってメディア露出はマイナスでしかない。それ以降は、明らかに案件をアサインされなくなってきたんです。

事務所のメンバーが目標に向かって一丸で頑張っている中、私はやることがなかったんです。出社して、朝から晩までスパムメールをチェックして。やることがないって辛いですよ。辛すぎて、悔しくて、帰り道に泣きながら歩いていたら、職質を受ける羽目になったんですけど(笑)。

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人間界は足の引っ張り合い

570:

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聞けば聞くほど、輝かしいキャリア。そんな山口さんがエッセイ『挫折からのキャリア論』(日経BP社)を発売した。本書の133ページに書かれていたのは、社会人デビュー後、ポンコツ扱い、落伍者扱いをされていたことなどが赤裸々に綴られている。

ここまで露悪的に語る必要があるのだろうか、と思うほど衝撃的な内容だ。

「自分は“エリート中のエリート”というプライドを捨てられなかった」
――地元の北海道で過ごされていた高校生時代も、成績優秀だったと聞きました。日々の努力の賜物だったということでしょうか?

振り返ると現代の教育システムが自分に合っていただけなのです。先生(教師)から言われた通り、バカ真面目に予習をして、復習を繰り返す能力に長けていた。そりゃ、勉強は頑張りましたけど、それは他の生徒に負けたくないというだけでした。何かを学ぼうというよりは、闘争心の塊だったと今さらながら思います。

――成績優秀であることがアイデンティティーだったということですか?

そうです。私は“エリート中のエリートです”という、鎧を着ていました。

――その鎧を着たまま、財務省に入省をしたら、誰も学校の勉強のように指導、指示をしてくれなくなった。自発的に考えて、動くことができなかった山口さんはまったく何もできず、追い込まれていった……というのが退省までの流れですよね。

当時、たったの2年間で辞めるというのは異例でしたので、相当、引き留められました。何人も、何人も面談をすることになって……「オイオイ、ラスボスはどこにいるんだ〜(笑)?」と思うほどでした。基本的には定年までの勤務が前提ですから、教育期間中に辞められるのは、上司にとってもそれなりのマイナス、傷だったと思います。

みんな働いてるのに、ひとり1日中スパムメールを眺める日々…

――財務省を辞めたあと、弁護士として6年間勤務されましたが、いかがでしたか?

はじめの2年間は、学校での勉強に近いものがあったのでよかったんですよ。指示があって、完璧に動くことのできる自分がいる。評価もすごく高かった。

それが2年目以降、上司から「自分の意見を言いなさい」「この案件について、あなたはどう思いますか?」と聞かれるようになるんです。

(時間が止まるポーズをしながら)「え? 私の意見なんて要ります? 興味ありますか??」とパニックです。自分の意見なんて持ったことがないですから。

――その近辺から山口さんは、キャパオーバーに近い量の案件を受け出すんですよね。

弁護士事務所は一つでも多くの案件を任されることが、いい評価になるんですよ。だけど、私の場合焦って仕事量を増やすと、唯一の取り柄だったスピードが出せなくなる。睡眠時間が減って、ミスが増えて、また評価も下がっていくという悪循環になって……。評価の場を求めてメディアに出るようになったものの、コンサバな事務所にとってメディア露出はマイナスでしかない。それ以降は、明らかに案件をアサインされなくなってきたんです。

事務所のメンバーが目標に向かって一丸で頑張っている中、私はやることがなかったんです。出社して、朝から晩までスパムメールをチェックして。やることがないって辛いですよ。辛すぎて、悔しくて、帰り道に泣きながら歩いていたら、職質を受ける羽目になったんですけど(笑)。

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ネタじゃないの?そんな主体性ない奴いる?

(`・ω・´)σ꜆꜄꜆ 他のコメント

11:

試験勉強の競争に勝ち続けたけど、財務省では今一つ評価してもらえそうにないから
弁護士として働きつつ、テレビで評論家しながら学者を目指した
それはうまくいってる
でも自分では挫折感を味わったところを売りにしたい
実は全然たいして負けてないんかな

15:

>>11 試験勉強の競争に勝ち続けたけど、財務省では今一つ評価してもらえそうにないから
弁護士として働きつつ、テレビで評論家しながら学者を目指した
それはうまくいってる
でも自分では挫折感を味わったところを売りにしたい
実は全然たいして負けてないんかな

 弁護士は訴訟案件頼まれないと収入0なんよ。

321:

>>15 弁護士は訴訟案件頼まれないと収入0なんよ。


学者を目指しつつ、評論家も目指す
弁護士はあくまで踏み台的なキャリアの一つと考えているのでは?

124:

俺はまゆさんと逆のタイプかもしれない
暗記や反復が苦手で、勉強はほとんどせず高校も大学も遊びまわっていた
学生時代はもちろん劣等生だったが、不思議と社会人になってからは勉強が好きになった
答えが無いものに対してそれなりの解答を見つけるのが楽しいんだと思う
結局独立して会社を作ることになった

200:

河野玄斗もこいつや米山なんとか、和田秀樹とかと同じジャンルでしょ
勉強は果てしなく得意だけど、仕事では特別ではないタイプ
ここまで突っ切ってはないだけで勉強はできて高学歴だけど、社会では結果を出せずに拗らせていくやつなんて大量にいる

206:

>――地元の北海道で過ごされていた高校生時代も、成績優秀だったと聞きました。

いや高校筑付に出てきたんだろ。模試の成績があまりに良かったんで主催者に
東京の高校に通ってはどうかとお誘いがあって。
でもそいつ教育業界に身を置きながら全く分かってない。
筑付と札幌南とじゃ進学実績大して変わらない。
つかいまは公立のがしっかり指導してくれる。

302:

>>206 >――地元の北海道で過ごされていた高校生時代も、成績優秀だったと聞きました。

いや高校筑付に出てきたんだろ。模試の成績があまりに良かったんで主催者に
東京の高校に通ってはどうかとお誘いがあって。
でもそいつ教育業界に身を置きながら全く分かってない。
筑付と札幌南とじゃ進学実績大して変わらない。
つかいまは公立のがしっかり指導してくれる。


塾の評価が上がるからだろ
優秀な講師じゃん。経営者的に

240:

この人は官僚時代に上司から
「空気は透明なのに空はなんで青いんだろう。すぐ調べて」とか
「こしあんとつぶあんは同じあんこなのになんで色が違うのかすぐ調べて」
とか就業終わりで帰り支度してる時に言われて中々帰れないことが度々あったと本に書いてたな
当時はいびられてるのかと思ってたけど今は官僚として必要な心構えを教えてくれてたのだろうか?と思ってるらしい

241:

>>240 この人は官僚時代に上司から
「空気は透明なのに空はなんで青いんだろう。すぐ調べて」とか
「こしあんとつぶあんは同じあんこなのになんで色が違うのかすぐ調べて」
とか就業終わりで帰り支度してる時に言われて中々帰れないことが度々あったと本に書いてたな
当時はいびられてるのかと思ってたけど今は官僚として必要な心構えを教えてくれてたのだろうか?と思ってるらしい


苛めだろw

271:

いくら優秀でもあんなに転職を繰り返してたらソリャーダメ!でしょうよ。
学者を目指していたのか、官僚トップを目指していたのか、スーパー弁護士を目指してたのか、知らないけど、、、
どの道も途中で勝手にダメ出ししてんだよね、この人は。

学力よりももっとメンタル鍛えた方が良いんじゃないの?

284:

医者の中にも覚えるだけが得意な人も大勢いて、末端の業務をするだけならそれでも十分。
そしてそのタイプは学内成績もいいし、国家試験合格率も高いから苦労はそんなにしない
でも医者の役割もいろいろあって、高度な専門領域に踏み込んだり、司令塔としての立場になるなら論理的思考力が求められるようになる。
でも本人は兵隊要員としての医療業務は多分やりたくないだろ

467:

>>284 医者の中にも覚えるだけが得意な人も大勢いて、末端の業務をするだけならそれでも十分。
そしてそのタイプは学内成績もいいし、国家試験合格率も高いから苦労はそんなにしない
でも医者の役割もいろいろあって、高度な専門領域に踏み込んだり、司令塔としての立場になるなら論理的思考力が求められるようになる。
でも本人は兵隊要員としての医療業務は多分やりたくないだろ


山口は東大法学部よりも医学部の方が格が低いと書いてたな
医学部は医者にしかなれないから格が低いと書いてたな
山口マウンテイング

358:

天才って
そうそういないんだよ。

駿台模試全国一位も身近にいたけど
猛勉強型がほとんど。

例外は鳩山邦夫くらいだよ。
勉強しなても常に学校でトップだったそうだ。
一回読むと大体頭にはいるというタイプ。

でも実際にそういう天才はみたことが一回もない。
山口は7回テキストを読んでノートに書いてという
オーソドックスの極致で努力型の典型。

390:

>>358 天才って
そうそういないんだよ。

駿台模試全国一位も身近にいたけど
猛勉強型がほとんど。

例外は鳩山邦夫くらいだよ。
勉強しなても常に学校でトップだったそうだ。
一回読むと大体頭にはいるというタイプ。

でも実際にそういう天才はみたことが一回もない。
山口は7回テキストを読んでノートに書いてという
オーソドックスの極致で努力型の典型。


偏差値70くらいの高校に通ってたけど、見た目は不良(金髪)で勉強できるように見えないし、部活(スポーツ)ばかりしてるのに、成績も良くていつ勉強してるんだって天才いたけどな。
そいつは旧帝大国立医学部いった。
似たような感じの人ちらほらいて、天才型ってたまにいるよ

478:

>>390 偏差値70くらいの高校に通ってたけど、見た目は不良(金髪)で勉強できるように見えないし、部活(スポーツ)ばかりしてるのに、成績も良くていつ勉強してるんだって天才いたけどな。
そいつは旧帝大国立医学部いった。
似たような感じの人ちらほらいて、天才型ってたまにいるよ


人の倍ガリ勉してるだけ
夢見ない方がいい

437:

女子は(特に運動部系の)部活をしなくて良いという免除の風潮があるからな
部活ってある種仕事なんだがなでしこジャパン風になっても良い事ないからって
のもある

なのでお勉強の時間はとれるが社会に出て尊重されるのは事務系でも車両の運転
や電気の配線等だったりする。集団のリーダーシップ(基本苦痛)も免除されて
きた

なので学校の成績だけでエリート選抜は中々難しい

445:

この30年、日本が成長していないのをみると
エリートの頭のいい人達はどこへ行ってしまったのか

大人になって日本のエリートが大したことないのを知って
本当にガッカリした
頭のいい人達に任せておけばそれなりに成果でると思ってたのに
どうなってんだよ

454:

>>445 この30年、日本が成長していないのをみると
エリートの頭のいい人達はどこへ行ってしまったのか

大人になって日本のエリートが大したことないのを知って
本当にガッカリした
頭のいい人達に任せておけばそれなりに成果でると思ってたのに
どうなってんだよ


頭いいやつは皆理系だからなぁ
灘なんて文系バカ組私立ゴミ組って普通に言うてるから

後政治家とか公務員が真面目にやると全く儲からないから
頭いいやつがやるわけないんだよな

465:

>>454 頭いいやつは皆理系だからなぁ
灘なんて文系バカ組私立ゴミ組って普通に言うてるから

後政治家とか公務員が真面目にやると全く儲からないから
頭いいやつがやるわけないんだよな


灘の理系は狭い世界に生きてるから頭が悪いぞ
高校生レベルの理系は頭が良いうちに入らない
で偏差値だけ自慢して東大行くが後が全く伸びない

468:

>>445 この30年、日本が成長していないのをみると
エリートの頭のいい人達はどこへ行ってしまったのか

大人になって日本のエリートが大したことないのを知って
本当にガッカリした
頭のいい人達に任せておけばそれなりに成果でると思ってたのに
どうなってんだよ


組織は才能を摩耗させる
エリートと呼ばれる人種で出世してる人は
大体どんどん頭が悪くなってる
経産省だってキャリアの半分は電力自由化に賛成したんだぞ
今の文明の基礎が電気なのにコストコストって頭がおかしくなってる

479:

>>468 組織は才能を摩耗させる
エリートと呼ばれる人種で出世してる人は
大体どんどん頭が悪くなってる
経産省だってキャリアの半分は電力自由化に賛成したんだぞ
今の文明の基礎が電気なのにコストコストって頭がおかしくなってる


そうなると組織が悪いってことだよね
その組織を作っているのは自分たち官僚であり、C級政治家

もう日本を再生させようと思う人間はいないのかな
悲しい

469:

山口真由さんはワイドショーで「請求権」云々と大学や法曹しか使わない様な言葉を
使ってて新鮮だった。極力、学問的中立的な立場を保とうとしてるのだと思う。変わ
った事をいうタレントは個性的だろうが飽きられると思うので正統に勉強をし過ぎる
程してきた(実務もそれなりにしてきた)山口さんのコメンター需要は変なスキャン
ダルを起こさなければ無くならないんじゃないかな

492:

体育が苦手というのは実は仕事出来る人にはかなりのマイナス。

仕事には運動神経や勘の良さの様なものが関わっており幼少期からの遊びが深く関わって
ると思われる。なお本の虫系は大体仕事出来ない。

ノーベル賞の山中教授も臨床での手術は余り得意でなかった模様。
但し研究畑に移ってからは御案内の通りノーベル賞と歴史に残る活躍。

山口さんは官僚とか弁護士といった実務畑ではなく現在の学者やコメンテーターといった
理念的な仕事に就けて良かったと思う。

504:

>>492 体育が苦手というのは実は仕事出来る人にはかなりのマイナス。

仕事には運動神経や勘の良さの様なものが関わっており幼少期からの遊びが深く関わって
ると思われる。なお本の虫系は大体仕事出来ない。

ノーベル賞の山中教授も臨床での手術は余り得意でなかった模様。
但し研究畑に移ってからは御案内の通りノーベル賞と歴史に残る活躍。

山口さんは官僚とか弁護士といった実務畑ではなく現在の学者やコメンテーターといった
理念的な仕事に就けて良かったと思う。


運動神経云々より長時間難しい勉強に耐えられる体力の差だと思う
本の虫は好きなことに没頭してるだけ

527:

最初にネットで知った時にはとんでもなく優秀な女性がいるもんだなと感心してたが、
どうにもこれだと、
日本の学校教育受験教育の秀才育成には何の意味も価値もないことを証明してるようで実に残念な話ではあるな
片岡さつきも東大模試トップだったが、
何か大きな足跡残したていうほどでもないしな
東大模試トップで理3の美人女子も数年前に居たが今頃どうしてるのかな?
もし整形外科クリニックとか開いてたら残念だわ

530:

>>527 最初にネットで知った時にはとんでもなく優秀な女性がいるもんだなと感心してたが、
どうにもこれだと、
日本の学校教育受験教育の秀才育成には何の意味も価値もないことを証明してるようで実に残念な話ではあるな
片岡さつきも東大模試トップだったが、
何か大きな足跡残したていうほどでもないしな
東大模試トップで理3の美人女子も数年前に居たが今頃どうしてるのかな?
もし整形外科クリニックとか開いてたら残念だわ


こういうことをいうとなんだが今の学校教育は
バカを普通程度以上の頭にするためにあるもので
ほんとうに頭のいい人間は形式が問われるところだけは
取り繕うがそうでないところは適当にやる
だってやりすぎるとレベルが下がってバカになるから
それ知らない人間が必死こいてやって何番で威張る

540:

>>527 最初にネットで知った時にはとんでもなく優秀な女性がいるもんだなと感心してたが、
どうにもこれだと、
日本の学校教育受験教育の秀才育成には何の意味も価値もないことを証明してるようで実に残念な話ではあるな
片岡さつきも東大模試トップだったが、
何か大きな足跡残したていうほどでもないしな
東大模試トップで理3の美人女子も数年前に居たが今頃どうしてるのかな?
もし整形外科クリニックとか開いてたら残念だわ


官僚になって政治家になった
十分大きいと思うがそこから成果が出てないよな

618:

うちの会社の灘高→東大の奴らも同じこと言ってる。
勉強できる環境が整っていたのと同じことを続ける能力があるだけだと。
だから東大に入って何やっていいかわからなくなった。
パチンコや女にハマって留年する奴は自分の意思で好きなことを見つけることが出来たからまだいい方。
大抵はダラダラ4年過ごして就職するか家業を継ぐかで終わると。
引用元: https://hayabusa3.2ch.sc/test/read.cgi/mnewsplus/1691997751

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